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54話 情報の多いものが勝つ



 美女三人は町から宮殿に戻ってきた。迷路のような廊下と通路を通り、自分たちの部屋にたどりつく。


 アン、アイリスと部屋に入り、最後に続くフィービーは、アパルトマンのドアを閉めるなり、堰を切ったように言う。


「アン、さっきの話、私、流れがつかめてない! あれは何だったの!?」(52・53話参照) 


 ヴェルサイユはセキュリティーなしで誰でも入れるから、どこに誰がいるかわからない。(49話参照)

 サンジェルマン伯爵が言っていた、タイムスリップしている自分たち以外の人間がどこかで見張っているのかもしれない。


 そうなると込み入った話は部屋の中だけでしたほうがいい。


 フィービーは聞きたくてたまらないことをたくさん抱えながら、部屋に入るまで我慢してきたのだった。


「フィービー、ごめんね。心配かけて。ちゃんと説明するわ」 アンが優しい目でフィービーを見る。


 アンからすると巻き込んでしまったという思いがあるフィービー。アイリスと比べ、どこか巻き込まれてタイムスリップした感がある彼女にはどうしても気を使ってしまう。


「アン、フィービー。その前にチキンをいただきましょうよ。温め直すのって大変だから」 


「そうね、じゃあ食事しながらにしましょう」


 この時代、温め直しは電子レンジではない。


 キッチンがあればともかく、キッチン無しのアパルトマンだと、暖炉の上で温めるとか、ストーブの上で温めるとかで食べている。ものすごく、面倒くさい。


 アンたちの部屋はキッチンがない。(34話参照)

 部屋に戻ってきたばかりで、暖炉やストーブはついていないし、火をつけて暖まるまでに時間がかかる。またシャルロットのキッチンを借りるのも手間だ。


 さっきの店屋で、チキンはしっかり温められていたから、その温かいまま食べてしまいたい。


 買ってきたチキンをお皿に盛り付け、テーブルに手際よく並べる。


―――特別なチキンを目の前に着席する。


 このチキンは昨日のルイ十六世とマリー・アントワネットが食べたものと同じ。彼らの食卓に乗っていたものなのだ!(53話参照)


 マリー・アントワネットがどんなものを食べているのか? やっぱり興味は抑えきれなくて、テイクアウトしてきたのだ。


 バゲット一切れとチキンとワインの軽い食事が整う。


 アントワネットの食卓にはもっとたくさんの料理が並んでいただろうけれど、太りたくないから適量で十分。これだけでタンパク質中心の美容食だ。


「さあ、頂きましょう! マリー・アントワネットのチキンよ」 アイリスがまるで先生のように言う。でもそれが心地よい。 


「じゃあ、どこから説明すればいい?」 アンがチキンにナイフを入れながら、フィービーに聞く。


「いっぱいあるのよ。まず、なんでサンジェルマン伯爵に突然、他にタイムスリップした人間がいないかって聞いたの?」


「フィービー。あなたのおかげよ」


「えー?何もしてないでしょ」


「嘘泣きしたでしょうに」 アイリスが笑いながらいう。(52話参照)


「何言ってるの。私に続いて二人も嘘泣きしていませんでしたっけ?」フィービーも笑いながら言い返す。


「あれが、局面を切り開いてくれたのよ。嘘泣きのあと彼が軟化したでしょう?」 


「まあそれは当り前よ。フェロモン女優、フィービー・フロストだもの!」 軽口をたたくフィービー。(36話参照)


 フィービーのフェロモンを浴びれば、大体男性はコロッと参ってしまうという自身の鉄板ネタをジョークとして披露したが、アンはスルー。


「私はね、あの時、彼の言葉は嘘じゃない、って感じたの」


「どの言葉? 全部嘘のような衝撃的なセリフばかりだったでしょ!」


「二十世紀から来たことや、ご褒美も狙っていない、ポリニャック夫人に私たちのことをチクっていないし、未来に戻るつもりもないこと全部、嘘じゃないのでは? って思ったの」


「……んん、なるほど」といいつつ、まだ理解しきれていないフィービー。


「でもそれはまだ仮説の段階なのよ」


「そうね、裏をとらないと」


「そう。裏。サンジェルマン伯爵は自称1980年代からタイムスリップしたというけれど、まずそこが本当かどうか」


「それが『あなた二十世紀でファンだった女優っているの?』に続くのね」(52話参照) 


「そう。彼は二十世紀の映画についてペラペラ話してくれた。あれは間違いなくファンじゃなきゃ言えない知識よ」


「『風とライオン』の映画も彼は知っていたわね」 アイリスが付け加える。


「ええ。『風とライオン』は1980年の映画だわ。―――あれを聞いて確かに彼は1980年を生きていたと、そう思ったの」


 フィービーはアンの意図を知り、そういう流れだったのかと、納得する。


 アンが女優の話を振った理由がフィービーにもわかってきた。


 映画の話題ならば、こちらサイドの情報量が圧倒的に多い。


 何しろ三人はハリウッドで生きている業界人なのだから。


 それも昨日今日業界入りしたわけじゃない。毎日、映画の情報なんてありとあらゆる方向から嫌でも入ってくるポジションにいる。



―――情報量が多い方が、少ない方をジャッジできる。


 だから、アンは質問を映画ネタにしていたのだった。


 サンジェルマン伯爵が適当にはぐらかしたり、ごまかしたりしたら、すぐに嘘をついているとわかる。嘘をついてくるなら、この男の言うことは信用しない。



「でも、私ってしっかり確認しておきたいタイプだから、向こうがカトリーヌ・ドヌーブの名前をだしてきたとき、かまをかけたの。『インドシナ』で」


「『インドシナ』は確か1992年の映画よね?」 フィービーが間髪を入れず、答える。


 さすが全員がハリウッド女優。 マニアしか知らない映画のあれこれがすらすら出てくる。


「そう。でも彼は知らなかった。だから1980年代に十八世紀に来たと言っている彼のセリフは辻褄があっている――そう思ったの」


 アンは赤ワインを一口含んで、ふぅとかすかに息を漏らす。


「でね、フィービー。もし彼の言っていることすべてが仮に事実だとしたら……

ポリニャック夫人にチクった犯人が他にいるってことになるじゃない?」


 フィービーはアンが突然「ねえ、伯爵。十八世紀にはあなたと私たち以外に、何人来ているの?」 と切り込んだシーンを思い出した。


「――だからあの質問だったのね。アン」フィービーは合点がいったようだった。


「サンジェルマン伯爵は嘘を言っていないのではないかと仮説を立て、映画の話題で裏を取って仮説を検証して、他にタイムスリップした人間がいると判断した。こういうことね」


 フィービーはアンを見て自分の理解が正しいか、確認するように聞く。


「そういうことなの」 アンがしめくくり、


「さすがはアン―――」 フィービーが少し甘えた声で称賛する。女性から見ても可愛い。


「あとは『同業者』探しが問題になってくるわけよ」 


 アイリスが次の難問にテーマを移してきた。


―――『同業者』 


 自分たち以外のタイムスリップした人間。


 三人に悪意を持っている可能性もある、というか今までを振り返るに悪意しかなさそうだ。





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