50話 あなたじゃなければ、誰? ほかに居ないじゃない!
――紳士がひとり、座っている。そこに詰め寄る美女三人。
「ポリニャック夫人に私たちへの疑いを吹き込んだのはあなたでしょう?」 と、冷静さの中に秘めた怒りをアイリスが見せれば、
「どういうつもりで私たちを陥れるわけ?」 アンのほうはものすごい剣幕だ。
「またこれはこれは――」 サンジェルマン伯爵は全然、うろたえてもいない。
「大変なお怒りですね。美女が台無しですよ。いったい何があったとおっしゃるのです?」
ここは、サンジェルマン伯爵が逗留しているヴェルサイユの宿屋。
ヴェルサイユは宮殿だけがぽつんとあったわけではない。大きすぎる庭園を隔てて普通に「町」が隣接している。
町には宿屋、テイクアウトまでこなすレストランなどがあり、普通のフランス人が普通に生活しているのだった。
伯爵の泊まっている部屋は、貴族も宿泊できるレベルのもので、それなりに広い。
六人掛けのテーブルの向こう側に サンジェルマン伯爵が座り、こちら側はアン、アイリス、フィービーの三人。
ポリニャック夫人に自分たちの素性をチクったのはサンジェルマン伯爵だと責め立てている。
(29話・30話・44話・45話)
「何があったかですって。よくもそんな口がきけるものね。仕組んだあなたが一番知っているでしょうに」 ストレートな物言いを続けるアン。
アンは先日のポリニャック夫人のパーティでの一件で自分たちの計画が大きく狂わされれしまったと怒りを感じている。(44話.45話)
偶然メルシー伯爵の乱入で最悪の事態は避けられたが、これからもポリニャック夫人は自分たちの素性に不信感をもったままだろう。
もし、アンたちの素性をアントワネットに吹き込まれたら、と思うとぞっとする。
――というか、ポリニャック夫人はすでにアントワネットに吹き込んでいるだろう。悪役貴婦人なのだから。
その気持ちはアイリスもフィービーも同様だ。
今日はサンジェルマン伯爵に自分がチクったと認めさせ、改めてポリニャック夫人に「あれは嘘だった」と言わせなくては、アントワネット奪還なんて夢のまた夢だ。
「あなた方に何が起きたかなんて何も知りませんよ。むしろ私の宿屋をどこからか突き止めてくる方がすごいと思いますけれどね」
怒る様子もなく、サンジェルマン伯爵はあべこべにアンたちの行動も裏で隠れて動いているではないかと、嫌味で応酬してきた。確かにアンたちは、居場所を必死で探してここまできた。
実はこのサンジェルマン伯爵はヴェルサイユにアパルトマンを持っていない。彼の住所、といえばパリから170キロほどの場所にある、シャンボール城だ。ルイ十五世から貰った立派な城だったが、そこに住むよりは、
(パリとシャンボール城の位置関係。イメージ的には東京と静岡市間)
パリに住んでみたり、ヴェルサイユに来るときはこの宿屋に泊まってみたり、を選んでいた。今風で言う、アドレスホッパーが彼だった。
だから、美女三人は探し回った。知り合いの貴族たちに一日中、彼の居場所を聞きまわって、やっとここを突き止めてやってきた。
「いいですか、あなたたち」
三人をゆっくりと、ひとりひとり見ながら、でもあくまでも紳士的に、
「あなた方がジャポンから来ていないことや、タイムスリップを知ってはいても、それを彼女に伝えると私に何のメリットがあるのですか?」(29話・30話参照)
サンジェルマン伯爵はどちらかというとうんざりして呆れた感じを見せる。でもこんなそぶりに騙されてはいけない。演技なんていくらでもできる。
「私たちを陥れて、マリア・テレジアのご褒美を先に貰うつもりなんでしょう?」 アンがぐさりと刺す。
「褒美?」
「そうよ、アントワネットをポリニャックから引きはがしてマリア・テレジアからもらうご褒美よ」
「……褒美ですか。褒美ね」
まるで三人がいないかのように窓から外を見るサンジェルマン伯爵。
「そういうお考えだったのですね、あなたたちは。私だけが褒美をもらいたいから、あなたたちを蹴落としたと」
「そう。図星でしょう?」
「――違いますよ」
――とぼけるのがうまいというか、ひょうひょうとしている。アンの言葉をはぐらかすのが楽しいようにも見える。
「本当のことを言ってください」 アイリスは、組み合わせた手をぐっと握りしめ、アンとは違うトーンで話す。
「アイリス殿。あなたのほうが落ち着いていらっしゃる様子ですね」
「では、お教えください。伯爵」
「よろしいですか。まず、私はエメ男爵夫人とのお茶会であなたがたの素性を指摘しましたね。
でもその時に私がタイムスリップしてきたことも話しているのですよ。
もしご褒美狙いだけならば、自分の素性を話す必要などないでしょう?」
これにはアンもぐっと詰まる。
……実はこれは確かにそうなのだ。
もしサンジェルマン伯爵が、ご褒美を先に貰いたい一心ならば、ポリニャック夫人にアンたちへの疑いの気持ちを植え付けるだけでいい。
「あの三人は胡散臭い。ジャポン出身の触れ込みも嘘にちがいない」とポリニャック夫人こっそり吹き込めば、それで結果がでる。
自分も二十世紀からタイムスリップしていますよ、とわざわざアンたちに伝える必要なんてないのだ。
「じゃあ、あなたはポリニャック夫人に言っていないとおっしゃるの?」
「ええ。私は何も彼女に言っていませんし、これからも言うつもりもありませんよ。アイリス殿」
だとしたら誰が言ったのか? 彼以外にいないのに。サンジェルマン伯爵はアンたちの推理を認めるつもりは一切ない。嘘をつきとおすつもりだ。
――この男は敵だわ。三人に緊張が走る。
アンはひるまない。質問を変える。
「では、エメ男爵夫人にでも伝えてそこから漏れたということかしら?」
「いいえ。あのご夫妻に話すと思いますか? お付き合いはしても距離を置きたいタイプですよ、あのお二人は」
エメ男爵夫妻に対する、判断はこちらも一致するけれど、じゃあ誰が言ったのか?
―――やはりこの男しかいない。今日ここで自白させなくては。
サンジェルマン伯爵はシャンボール城をもらっていたのもあまり住んでなかったというのも事実の用です。
でも、お城一つ貰ってどうして住まないのかな、と思ったのですが、
どうもシャンボール城は、歴史を見るとやや打ち捨てられた感のある城のようです。パリと170キロという距離も、東京と静岡程度とはいえ、新幹線があるわけじゃなし、頻繁に移動できず、定住しなかったのかなと思っています。




