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30話 整形と嘘


「本当にお美しい。エメ男爵夫人から私同様、年をとらない美女と伺いましてね」


 物静かにサンジェルマン伯爵はアンとアイリスをかわるがわる見ながら言う。


「ありがとうございます。お会いできて光栄ですわ」


 言われた二人は、男性から美しいと言われても、内心当然だと思っている。

 傲慢なのではなくて、美人ハリウッド女優として、男性ファンから言われ続けていた二人は、ただ慣れていたのだ。そして、大概、下心を感じるのでいちいち喜んでもしょうがない、という感覚だ。


 しかし、あのサンジェルマン伯爵に面と向かって言われると不思議な気分だ。


「エメ男爵夫人、少しばかり私達三人にしてくださいませんか?」


 サンジェルマン伯爵は右手にいるエメ男爵夫人に静かに言い放つ。彼女は力関係で逆らえないのだろう。少しばかり、残念そうに、


「じゃあ、マドレーヌの焼き加減でも見てまいりますわ。あとでお持ちしますからごゆっくり」


 パタンとドアが閉まり、サロンは三人だけになった。サンジェルマン伯爵は優雅に椅子に座る。にこやかな笑顔はくずさない。上品なのは間違いない。



 この男、サンジェルマン伯爵の興味深い伝説はたくさんある。


 十八世紀のある貴族の日記に「今日会った彼は四十年前と一緒で年を取っていなかった」と書かれていたりする。


 キリストと出会って話をしたとか、傷の入ったダイヤを無傷にしたとか。不老不死とたぐいまれなる知識。彼に履歴書があるとしたら、この二つが特技欄にてんこ盛りにして書かれているのだ。


「さて、あなたがた、ジャポンから来たとおっしゃっておられるとか?」


「ええ、私たちはジャポンから参りましたわ」 アンが堂々と答える。


 大丈夫、二十一世紀から来たアメリカ人だなんて、絶対にばれない。十八世紀 ヴェルサイユに日本人はいないんだから。



「おやおや。西洋人の顔で、日本人と言い張られるとは」


 にこやかな笑みで、二人をまっすぐに見つめ、穏やかな声で辛辣な返事が返ってくる。


 二人の背筋に冷たいものが走った。


 この男――

 私たちが日本人じゃないって知っている……?


 どうして? サンジェルマン伯爵なんて、胡散臭い詐欺師。ただの都市伝説のはず。ネットに載っている武勇伝はぜ~んぶホラでインチキのはず。


「エメ男爵夫人からジャポンから来た女性と聞いて、おかしいと思いましてね。あなたたち、何者なのです?」


「何のことでしょう? 私たちは本当にジャポンから来ていますわ」 アンは動揺を隠して繰り返す。


 絶体絶命だ。


 顔立ちを指摘されたらごまかしようがない。でも認めるわけにはいかない。ばれたらヴェルサイユでの信用を失う。メルシー伯爵がなんというか。それではマリア・テレジアの依頼をこなせなくなってしまう。映画の主役ももらえない。アイリスやフィービーもご褒美はもらえない。


 ここは嘘をつきとおすしかない。


 サンジェルマン伯爵は口の端を少し上げる。

「ヴェルサイユには詐欺師も多くて困っているんですよ」


「詐欺師だなんて、ずいぶんと失礼なおっしゃりようですわね」


 今度はアイリスが立ち向かう。甘いシャーベットの声は、冷ややかにも響く。この口調は細いきりのように相手を突き刺すはずだ。でも、彼には通じなかった。


「まだ嘘をつきますか。あなた方が日本人であるはずがない。東洋人はもっと平べったい顔ですよ」


 この男、日本人を知っている。東洋人の顔立ちを知っている。

 なぜ―――――?


 ここでばれてしまったら、アントワネットを救うどころか、ヴェルサイユを退去させられてしまう。だとしたら、何のために、ハリウッドの人気女優が三人もそろってタイムスリップしてきたのか。


 無駄足――― 無駄足になってしまう! 何一つメリットがないじゃないの。無駄なタイムスリップ。こんな経験、SNSにアップすることもできない。人にも話せない。そんな思いはごめんだ。来たからにはマリア・テレジアの依頼をこなす、これ一択なのだ。


 だとしたら、安易に認めてはいけない。確かに日本人ではない。でもたかがサンジェルマン伯爵ひとりににバレたってなんということはないはず。非日本人の証明は日本人を知る者しかできないのだから。


 どぎまぎしながらも高速で考えを巡らしていると


「あなたたち、マリア・テレジアさまのご依頼で未来から来たのでしょう?」


 え? 今この男、何を口走った? マリア・テレジアのあとに何と―――?


「未来ですって? 何をバカなことを。マリア・テレジア様の依頼でジャポンからきただけよ」


 うろたえるアン。本当にサンジェルマン伯爵には不思議な力があるのか。そこへ、


「―――あなたも未来から来たんでしょ?」


 鋭い切り返し、甘いシャーベットの声が聞こえてくる。

 

 あなたもって、サンジェルマン伯爵もってこと? 何を言いだすの、アイリス!


「あなたの顔、年を取らないっていうけれど、それ……整形でしょう? それも大体1980年代くらいの古い整形だわ。顔が引きつっているもの」


 アイリスがぐさぐさと突っ込む。失礼極まりない発言なのだが、これを聞いて、アンは最初に見た時の違和感の正体を知る。


 異形いぎょうが違和感だった。


 昔の整形は、技術が低い。しわを伸ばせても、引き攣れたりして不自然なのだ。若く見えても、ある種の異形いぎょうに見えるのが、昔の整形だ。それが顔に現れていたのだ。


「なんですって、サンジェルマン伯爵が未来から来たっていうの?」


「だってアン。この顔を見れば昔の整形だって一発でわかるじゃないの? 十八世紀に整形の外科技術はないのよ。だとしたら、彼は未来から来たってことになるわ」


 確かに、二十一世紀では見られない下手な整形といわれたら一番ピンとくる。でも、だからといって……


「アイリス殿、よくおわかりですな。そう、私はマリア・テレジアの依頼で十八世紀にタイムスリップしてきた、あなたたちのお仲間、といえるでしょう」


 何? あっさり認めるの?



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