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22話 ドレスは一着しか持ってない


 三人は自分たちのアパルトマンに戻った。


 ドレスを脱ぎ、二十一世紀のラウンジウェアに身をつつむ。ジャージーの肌触りに緊張が溶けていく。


 同じシリーズの少しだけデザインが違う、ラウンジウェア。フィービーが揃えて持ってきたのだ。


 アンは華やかさのある大人のグレイッシュピンク。

 アイリスは爽やかで清楚、でも大人のパステルブルー。

 フィービーはブロンドと調和するイエローオレンジ。


 襟もとの小さなフリルだけは一緒。揃うと花が咲いたみたいに美しい。



 朝、入れっぱなしにしておいた水出しのハーブティー。ボトルのミネラルウォーターは朝よりも色づいている。しっかりとハーブの成分が浸出していて、飲み頃のはず。


 アンは二人をねぎらおうと紙コップにハーブティーを注ぐ。それぞれに渡しながら、素直に感情を口に出す。


「アイリス、びっくりしたわ。さっきのいきなりの『リア王』!」


「悪かったわね、アン。かなり驚かせてしまったみたいで」 


 アイリスはハーブティーを飲みながら、いたずらっ子のように目をきらきらさせている。


「驚くも何も、フィービーまで突然<リーガン降臨>って感じで演技しだすし。一瞬何が起きたかと思ったわよ」


 <リーガン降臨>と言われて、フィービーが笑いだす。


「知らなかった? アン、これでも私、南カリフォルニア大学の演技科、卒業なの。『リア王』なんて軽いもんなのよ」



「え? あなた演技科卒業だったの? 知らなかった。機転もだけど、あの嫌な感じの目つき、マジで驚いたわ。リーガンって悪役でしょ? フィービーのイメージとかけ離れているから余計に」



「アン、何言っているのよ。あなたの『何もございません』も コーディリアの葛藤がうまく出ていたわよ」


 アイリスが茶化す。 


「私もそう思うわ、アン。緊張がコーディリアっぽく見えたわ。アンが思っているよりずっといい演技だったわよ」


 フィービーもアイリスに同調する。


「私、アイリスがリア王になったあと、アンが詰まったらどうしようってひやひやしていたの。私が急きょコーディリアにならないといけない! って。でも、あの流れを作れて最高だったわ」


 アイリスもフィービーも褒めてはくれるが……


「褒めてもらってもかえって恥ずかしいわよ、セリフは 『何もございません』 だけだもの」


注)21話とそのあとがきをご参照ください。「nothing」を繰り返しただけなのです。


 アンは褒めてもらっても、受け取れない……


「まあまあ。本当にいい演技だったから、そんな風にいじけないの」ハーブティーを優雅に飲むアイリス。


「それより ひさびさに楽しく演技したって感じじゃない? 満足感でいっぱいよ。メルシー伯爵の顔がね、どんどん変わっていったでしょう? 私たちの演技力を認めざるを得ないっていう顔に。フィービー、見た?」


「見た見た。すごい変り方だったわよね、これで演技指導役が転がり込む! って思ったもの」


 実際にはフィービーの期待通りにはいかず、残念なのだが。


 ハーブティーでのどを潤しながら話しているとなんだか元気がでてきた。マテとペパーミントメインのブレンドティー、だからかしら。


 ひとしきり『リア王』とメルシー伯爵について話すと、今度は未来が気になってくる。フィービーが二人に聞く。


「ところで、今夜のディナーに話を変えていい? エメ男爵って貴族でしょう? 私たちはどんな服で行くの? ドレスコードが不安なの。場違いだとか、馬鹿にされたりしないかしら?」 


 出たとこ勝負でも、ある程度はシミュレーションしておかないとやっぱり不安になる。



「そうよね、メルシー伯のお誘いだから、彼に恥をかかせるわけにはいかないわ。確か貴族は一日何回も着替えるとか聞いたことあるけれど、それが本当なら、今着ているドレスで行くのはNGかしら? ねえアン」


 ドレスは今着ているもの以外、持ってこなかった。これを着続けるのだろうか。

 それは十八世紀のエチケット的、マナー的に大丈夫なのだろうか。



「まさかこんなに早く、物事が進むとは思っていなかったから困ったわね。ドレスは一着でいいと思っていたわ。タイムスリップあとにこっちで揃えればいいくらいに思っていたから。となると、持ってきたロングスカートとブラウスでいくしかないわ。


ディナー中 浮くかもしれないけれど、そこは<ケイムフロムジャポン>でごまかしましょう。レースとジュエリーがあればなんとかなるはず」



 アンはつい昨日、片づけたクローゼットから、総レースの長袖ブラウスを取り出した。袖が膨らんでいる女っぽいデザインだ。


 同じデザインでレースが違うブラウスが三枚。見たところ、ZARAかユニクロかの安価なものだろう。どう見てもシルクじゃない。


 ハリウッド女優のくせにケチったのだろうか。


「これ着て」アンが二人に手渡す。


「あとはマキシスカートに合わせる。パニエを入れてスカートのボリュームを出す。サッシュベルトでウエストマーク。プラスアクセサリーで何とかなるわ」


 他にアイデアもない二人は言われるまま着替えた。くるぶしまで届く ロングスカートは光沢感のある生地だ。


 スカートの色も黒とかグレイとかではなく、葡萄色とモスグリーンだ。ロング丈だから、まあまあ、派手に映る。



挿絵(By みてみん)


(これは1999年のシャロン・ストーンですが、シャツをレースのブラウスに替えて、スカートをもっと膨らませていただくとイメージしやすいかなと)


 十八世紀のドレスとは比べるべくもないが、普通にディナーには行けるだろう。この時代のドレスコードと合うかどうかは不明だが、十分に美しい。


アンの考えはこうだ。


―――――――――――――――――

レースさえ、着ていればなんとかなる

―――――――――――――――――


 レースは今は安くどこででも手に入るが、それは 機械でレースが編めるから、だ。


 この時代はオール手作業。それも気の遠くなるような手作業でしか作れない。ペラペラなのに死ぬほど高価なものがレースなのだ。今だとシャネルのバッグみたいなものか。バーキンといってもいいものもあるのだ。


 多少デザインが変でもレースさえ着ていれば、貴族たちも、小ばかにしたりはしない、こう踏んだのだ。

 

 それも、ブラウスは総レース。襟分のレースだけでも高価とされているのに、ブラウス全部がレースなのだ。


 これなら、イケるはず。


 アンは安い機械レースでも、彼らにはわかるはずないとたかをくくっていた。


 十八世紀の人間は、大量生産の安価なレースの存在など知らない。産業革命が起きたのは十九世紀。だから、ゴージャスだわ、と褒められるのでは? と踏んでいたのだ。


あとは、


✔ ヴェルサイユ宮殿で情報収集するためのアイテム をどう使うか。


こっちも相談しなくては。


~~~~


 エメ男爵のアパルトマンに着く。メルシー伯の従者が連れてきてくれたのだ。


 ディナーのお席ではなくて、手前のサロンに通される。メルシー伯はもうそこにいた。


 何人かの貴族たちが談笑していたが、一斉にこちらを見る。上から下までじろじろと。



 あら、あんまり好意的な視線じゃないみたい。


 ちょっと! ハリウッドきっての美人女優が三人集まっているのよ! 三人よ!


 こんな幸運、普通ならないのよ。奇跡なのよこれは。奇跡なんだから! ありがたがってよ!


 総レースは効いてないのだろうか。


なんだかよくわからない人たちだけど、持参した


✔ ヴェルサイユ宮殿で情報収集するためのアイテム は


 今夜しっかり使わないと挽回できそうもないわね。


 ディナーのお席が楽しみだわ。



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