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太陽に愛されるという事

作者: スナコ

オリジナル第二弾。前作は梅雨の部屋の底に溜まるひんやりした空気をイメージしましたが、今回は真逆。水がテーマで涼しげな前作とは全てが真逆、暑苦しいです。あつくて重くて薄暗い。

痛いくらいに鮮烈で鮮明で、目を灼くくらいに強く明るい夏の夕陽のオレンジが見えるように、と思いを込めて書きました。

「あつい」がひらがな部分があるのはわざとです。意味に気づいてくれる人がいたら嬉しいので、ぜひ考えてみてご意見くださいな。

「あづいよぉ、暑い!・・・水浴びしたいよお・・・」

四畳半のアパートの一室。畳に俯せに突っ伏し、私は一人で喚いていた。プールにいる想像をして足をばたばたばたつかせれば、びじゃんがしゃんと水音に似ていると言えなくもない音が遠くから聞こえてくる。その音で、少しだけ涼しくなる気が、す・・・だめだやっぱり紛れないよ。

暑い、暑い。今何月だと思ってんだもう六月も終盤だぞ。窓を閉めっきりにしたあげくにクーラーも扇風機も点けられないってどういうこった、汗止まんないで濡れ鼠だよ!リモコンはどこだ、見つからない!このままじゃ脱水症状で死んじゃうぞと思ったけれど水は腐るくらい大量に用意されている。抜けてるくせに変なとこで用意のいいこった。胸のむかつきを吐き出すように、舌打ちをひとつ。

市場の魚みたいにごろごろ転がる二リットル入りのペットボトルをひとつ開け中身を飲み下し、別の一本を引き寄せて抱き締める。少しでも涼が取れるならもうなんでもいい。

水を飲んだおかげで体内が少し冷やされたのか、沸騰していた気分も少し落ち着きを取り戻す。

騒いでもどうにもできない、この暑さは変えられない。夏は暑い物と決まっているのだからしかたない。ならば暴れて体を動かすのは愚行という物だ、こうしてじっとして手で扇いででもいる方が利口だ。

そう判断してじっと寝転がる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つらい。三分と経たずに音を上げた。

だめだ、ただ目をつぶって横になっているだけでは思考がこごってしまって、身に纏わりつく暑さばかりが神経に障って気になってしかたがない。

何か気が紛れる物が必要だ。動かずにして頭に刺激を与えられる何か。

うってつけの存在を思い出し、横になったまま腕で体を引き摺って目当ての物を探す。ずるずる。匍匐前進、いっちにー、いっちにー。

目当ての物は思った場所、そう遠くない位置にあった。テレビ台の下の引き出し。じゃっじゃじゃーん、テーレービーのーリーモーコーンー。

某国民的アニメの青くて丸いあの子の真似をしながら取り出したそれで、テレビの電源を入れる。そう大きくない黒い箱から、雑多にざわついた音が溢れ出す。

ああ、安心する。人の声って、偉大だ。

「次のニュースです。鈴寺市の女性が行方不明になった事件で、警察は依然足取りを掴めておらず、情報提供を呼びかけています」

少しでも気が紛れればとテレビを点けてみれば、午後のワイドショーの時間だった。どうも最近時間の感覚が掴めない。

「これがその女性の写真です」

全身を写した物と顔をアップにした二枚の写真が画面に映し出され、その横に身体特徴と当時の服装が箇条書きにされ並んでいる。

最近はもっぱらこの話題で持ちきりだ。初めに話題に昇ったのは何日前だっただろう。その数日の間、全く進展は見えず、・・・正直な話、もう飽きた。つまらなくてチャンネルを回してみても、やっているのは同じニュースばかりだった。見慣れた顔を見たくなくて、更にチャンネルを回してみると、

「惑星の成り立ち」

子供向けの教育テレビに行き着いた。どうやら宇宙ができた経緯と銀河系の惑星の在り方の内容のようだ。

中途半端な時間に回したせいで話はかなり進んでしまっているらしい。まあいいや。見る前の話を想像して補完しながら見るのも楽しかろう。

画面をいっぱいに圧迫して映っている真っ赤な星。ごうごうと燃え、火山のようにマグマが噴き上げている。今は太陽の解説だ。

白髪の混じった、いかにも大学の教授ですといった風貌の、五十代くらいの男性が、太陽と地球の関係性を説明している。

地球は太陽から数えて三番目の位置に当たり、太陽系惑星の中で唯一水と空気と生命の恩恵を受けていると。

小学生の時に習う話。私も知っている。

しかし、次に聞く話は聞いた事がなかった。

遠い遠い、何億年も未来の話、太陽は肥大化し、いつか地球を呑み込んでしまうだろう、と。

灼熱の、赤熱の星に近づきすぎた地球はいずれ、焼かれ、呑み込まれ、跡形もなく無くなってしまうと予測されている、と。解説者は、言った。

「・・・」

なあ地球。ぼうっと画面を見ながら、我等が母なる星に声には出さずに呼びかけてみる。

太陽から遠くてよかったな。適度な距離で、恩恵だけ受けて。付かず離れずの今の関係はさぞ心地がいいだろう。

ーーー羨ま、しいよ。

テレビを見る目が、画面に向ける目が、淀む。どろり。

太陽に、これ以上近づいてはいけない。太陽に愛される事など、けしてあってはならない。

近づきすぎては傷つけられる。愛されては、その強過ぎる熱に抱かれて焼かれて呑み込まれ、ーーーあっという間に、殺される。

私のように。

ぼうっと見ているうちに、話は目を頭を滑っていき。番組の終わりを知らせる軽やかな曲が流れ始めた。解説者と進行役の二人が笑顔で頭を下げ、「終」の一文字が浮かび上がると、画面は一転。きちっとしたスーツを隙なく着こなしたアナウンサーの登場。堅苦しい雰囲気が伝わってくる。ニュースの時間になったようだ。


「最初のニュースです。鈴寺市に住む、掛川茅乃さんが行方不明の事件で、警察はーーー」

ニュースキャスターが読み上げる声の後ろで、見慣れた女の顔写真が映し出される。

「ーーー」

生まれてこのかた見慣れ過ぎた自分の顔を見たくなくて、私は今度こそテレビを消した。急激に静かになる、一人の部屋。

強い西日が差しているのに気づく。夕陽が橙に部屋を染め上げ焼いていく。夜が間近にきている事を知らせる明かり。

夜がくる。太陽が帰ってくる。私を焼き尽くし、呑み込まんとする太陽。

殺される。強すぎる愛に殺される。人の身に受け止めるに余る愛なんて、害でしかない。

「・・・あついよぉ」

一言呻いて足をばたつかせれば、じゃらり。重い鎖の音だけが、呟きに応えてくれた。




「太陽に愛されるという事」

(強烈な輝きを放つ貴方の愛の果て。)

(そこには何も残らない。何も。)

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