戦士の休息
何も見えず、何も聞こえない。
どこまでも暗く深い闇の中を、意識だけがただ揺蕩っていた。このまま何処とも無い場所に流されていき、そのまま消えてしまうのではないかという不安に駆られる。
だが、その感覚は唐突に終わりを告げた。
暗闇だけが支配する世界に、何処からともなく光が差し込んだのだ。やがてその光は俺の意識を優しく掬い取り、ゆっくりと優しく持ち上げていった。
何だろう、とても暖かく心地よい。そうだ、俺は帰らないといけない。そんな想い呼応するかのように、意識がだんだんと上へ上へと持ち上がっていく。そして――。
「うっ……」
目を開けた瞬間、まぶたの裏に差し込んだ光が脳を貫いた。同時に全身を鋭く焼くような痛みが走り、意識が一気に現実へと引き戻される。
まるで長い夢から無理やり目を覚まされたような気分だった。
体を起こそうとするが鉛のように重く、指先すらピクリとも動かない。どうにか目だけを動かして辺りを見回すと、そこは見慣れない木造の部屋だった。窓からは暖かな木漏れ日が差し込んでおり、俺は部屋の中に置かれたベッドに寝かされていた。
「あ」
そして目線の下、腹部辺りに視線を向けると俺は思わず息を呑んだ。
「すー……」
椅子から身を預けるようにして俺の胸で眠るティル。なんとも珍しい光景だった。
「そうだ、神樹は……」
意識を失う前にサーニャが浄化魔法を使う気配を感じたから、時間稼ぎには成功したんだと思う。だけど、やはり自分の目で確認しないとどうにも不安になるのだ。
何とか起き上がろうと試みるも、やはり体は動かない。冒険者をやっていた時でさえ、疲労困憊であろうと少しは動かせたのに……これが言われていた反動なのか。
「ん、んん……」
そんなことを考えていると、体の振動が伝わったのかティルがむず痒そうな声を漏らした。まずい、気持ちよさそうに寝ていたのに起こしてしまっただろうか?
「ふぁ~……っ!」
あくびを漏らしながらゆっくり身を起こすティル。そして伸びをするように大きく上体を伸ばしたところで、俺と視線がばっちり合ってしまった。
「お、おはよう」
「…………」
気まずいながら挨拶をするも、ティルは口を開けたまま固まってしまう。意識を失う前はかなりご立腹だったし、ここは素直に謝っておこう。
そう思い口を開こうとした瞬間――。
「ごめんひゃ!」
「……」
無言で思いっきり頬を引っ張られてしまう。
「ふぃ、ふぃる(ティ、ティル)?」
「……」
「いひゃい(痛い)! いひゃいよふぃる(痛いよティル)……」
そこまで言って、ようやく頬を放してもらえた。俺が完全に悪かったとはいえ、やはりまだ怒りはおさまっていなかったらしい。
「はぁーーー…………」
そしてトドメと言わんばかりに深いため息を吐かれた。最近はティルのそんな姿ばかり見ている気がするけど、そのどれもが俺の行動の所為だから何も言えない。
「ティル……その……」
「しゃべらなくていい。辛いでしょ?」
「それはそうだけど……」
たしかに言葉を発するたび喉に焼けるような激痛が走るが、それでも心配してくれた彼女にちゃんと謝罪はしたかった。それに、神樹がどうなったのかも気になる。
だが俺が言葉を発するより前に、ティルが口を開いた。
「神樹は無事に浄化出来たわよ。セリカもシエラ王も助かった。エレノアの怪我も、サーニャの治療で痕一つなく治療できたわ。みんなアンタのおかげよ」
「え……ほ、本当?」
「えぇ、だからもう何も心配することは無いの」
先ほどまでの不機嫌さは嘘のように、ティルは優しい表情でそう教えてくれた。
「……良かった」
「どうせアンタが一番知りたかったのはそこでしょ? 自分はこんなにボロボロなのに、いつだって人の事ばっかり気にするんだから……」
何も言い返せない。でもそれを真っ先に教えてくれるのは、ティルが優しさだと思う。俺が出来るだけ言葉を発しないで済むように――そんな心遣いを感じた。
そしてこんなに優しい相棒を心配させてしまったことが、本当に情けなく感じる。
「本当に、ごめん」
「だから、しゃべらないの。謝罪は回復した後にちゃんと聞いてあげるから、今はとにかく休みなさい。反動はまだしばらく続くわよ」
やっぱそうだよね。分かってはいたけど、耐えられるかな俺……。
「こればっかりは外傷じゃないから、サーニャや神樹の力でも治せないわよ。完全に自業自得なんだから、諦めて受け入れることね」
しゃべるなと言われたので頷いで返すと、ティルは呆れたように笑った。
「……正直、アタシも聞きたいことが色々あるの。アンタがあの呪文――かつての大魔導士たちが使った古代呪文を使えたのは、決して偶然じゃないでしょうしね」
それについては、実は俺もよく覚えていない。意識を失った時に見た夢の中で誰かに教わった気がするのだが、それを言ったところで信じてもらえるだろうか?
「でも何はともあれ、今は休みなさい。戦い抜いた戦士には休息が必要よ。大丈夫、時間はあるから。さぁ……」
ティルの手が俺の目を塞ぐ。会話はいいから、早く眠れと言うことだろうか。
本当はもっとしゃべりたい気持ちもあった。ティルはもちろんだけど、それ以外の皆とも。でも今は言われた通り休むのが、俺に与えられた最も大切な仕事だ。
「おやすみなさい、フリッツ」
穏やかな相棒の声を子守唄に、俺は再び眠りへと落ちていった。
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