急患
玉座の間を出た後、魔獣討伐の作戦を練るべく俺とエレノアは兵士の詰め所に戻ってきていた。クレストのことも心配だし、早く出発したい気持ちはあるけど……。
「問題は魔獣にフリッツの攻撃を当てられるか、だな。自信の方はどうだ?」
「正直、あまり素早い動きをされると当てられる自信はないかな。やみくもに振り回すのも危険だし、慎重になる必要はあると思う」
俺がそう答えると、エレノアは少し考える素振りを見せたが――。
「ならば、私が囮となろう」
と、あらかじめ考えていたように作戦を口にした。いやいや……その作戦内容についても色々言いたいことはあるけど、それよりも――。
「エレノア、今回の任務に出れるの?」
今までも実力はあるが、女性であるが故になかなか出撃許可が下りなかったのだ。実際、今日だって兵士の詰め所に残って書類仕事をしていた。てっきり今回の魔獣討伐も、出撃許可が下りなかったのだと考えてたんだけど。
「ふふ。実はな、先ほど王に直接お願いして許可をもらってきたところだ。兵士長殿がいれば邪魔が入るだろうが、今はクレストの討伐隊に帯同しておられる」
そう言って悪そうな顔でエレノアは笑った。まあ彼女としても国を守る為に兵士になったのに、ずっと前線に立てずモヤモヤしていたのだろう。
「っていうか、俺をダシに使っただろ?」
「はっはっは、まあそう悪く思うな! 魔獣からはしっかりお前を守って……ん、何やら騒がしいな?」
エレノアの言う通り、何やら外の方が騒がしくなってきた。二人して詰め所から出ると、王城の入り口には兵士が数人と……そしてクレストの面々が倒れていた。
「これは……おい、誰か軍医を直ぐにここへ呼んでくれ! フリッツ、すまんが怪我人をここへ運ぶのを手伝ってくれ」
「あ、あぁ」
どうやら魔獣退治に出かけたメンバーが大怪我をして帰ってきたらしい。直ぐ駆け下り、エレノアは兵士たちを、俺はクレストの面々を詰め所に運び始めた。
「お前……フリッツか……? そうか、ここはもうあの世か」
「バカ言うな、生きたいなら黙ってろ!」
「すまねぇ……あの時は、お前を見捨てて……」
「あの時は仕方なかったんだ。いいから、もうしゃべるな!」
「……」
重症の面々を詰め所に運び終えると、軍医が治療を始める。だが、このままだと確実に死人が出てしまう。そこで、俺はある提案をエレノアに持ちかけた。
「エレノア、ちょっといいか?」
「どうした?」
「実は、この状況を何とかできるかもしれない人物に心当たりがある。だから急いでギルド寄宿舎に迎えを出して欲しい」
「その人物は医者か? しかし医者が一人増えたところで……」
「頼む、俺を信じてくれ」
「……分かった。直ぐに手配する」
俺の言葉に頷くと、エレノアは直ぐに詰め所を出ていった。それから十数分後、目的の人物を連れて彼女が帰ってきた。
「えぇと……あっ、フリッツさん!」
「サーニャ悪い、急に来てもらって。さっそくなんだが、彼らを治療してもらえないか」
「きゃっ! ひ、酷い怪我……。分かりました、直ぐ治療します!」
一目で状況を察してくれたサーニャは、手近の兵士から治療を始める。彼女が手をかざすと、どこか白くぼんやりした光が患部を包み、傷口を少しずつ癒していく。
「おぉ……これは一体!?」
エレノアをはじめ、治療を行っていた周囲の人々までサーニャの治療に見入っていた。そして一通り治癒の魔法をかけ終わると、直ぐに次の兵士の治療へと移った。
「フリッツ……いったい彼女は?」
「言ったろ、幸運の女神に助けられたって。こっちも手を休めてる暇はない。一人でも多く治療を進めないと」
「あ、ああ。そうだな」
戸惑うエレノアをひとまずなだめ、こちらも治療を進める。
怪我人たちの治療は夜遅くまで続き、途中で話を聞きつけたバルディゴ王までもが詰め所を訪れそれを手伝った。中でもサーニャの奮闘は目覚ましいものがあり、その懸命な姿に誰もが心打たれただろう。
そして、夜が明けた。
「ふぅ……ひとまず終わりましたぁー」
「おつかれサーニャ。本当に助かったよ」
「いえいえ、少しでもお役に立てたなら……フリッツさんも、ずっとわたしに魔力を供給していたから疲れませんでした?」
「いいや、むしろこっちが本業だからね」
ティルを見つけてから剣を振ることばかり考えていたけど、やはり長年やってきた戦い方というのもまだまだ捨てたものではない。
おかげでサーニャを魔力切れにさせず、全員の治療が出来た。
「奇跡だ……」
ぽつりとエレノアが呟いた。
あれだけの状況で一人の死人も出なかったのだ。確かに奇跡かもしれない。そしてバルディゴ王もサーニャの前までくると、最大の礼をもって頭を下げた。
「サーニャ殿、この度は我が国の兵士を救って頂き、感謝の念に堪えない。このバルディゴ17世、国を代表してお礼申し上げる」
「そそ、そんな。わたしは自分にできることをしたまでで……」
「いや、誇っていいぞサーニャ。キミはそれだけのことをしたんだ」
「あぅ……はい」
俺が言うとサーニャはようやく頷いた。そして、詰め所からは自然と拍手が起こり、その称賛は彼女へと向けられた。
「しかし、こんな癒しの力を持った魔法があったとは世界も広い。フリッツ、彼女はお前さんの連れということだが一体どこで出会ったんだ?」
「シエラ王国領のペスタの村です。俺も死にかけのところを彼女に救ってもらいました」
「ペスタ……聞いたことがないな」
「地図にもあまり載っていないそうです。ちょうどこのあたりですね」
俺は詰め所の壁に掛けられた地図を使って、王にペスタの村の位置を説明する。
「ふむ、こんなところに村が。サーニャ殿、ペスタに住む者はみなキミのように癒しの魔法を使えるのだろうか?」
「あ、いえ。わたしだけです。それに、わたしも本当はペスタの生まれではなくて、まだ赤ん坊のころに村に預けられたそうで……」
「そうか……余計なことを聞いてしまったな。とにかく、癒しの魔法を使えるのはキミだけということか」
王はしばらく考え込んでいたが、「あいわかった」と言うと詰め所にいる全員に呼びかけた。
「とにかく今日はみな休んでくれ。フリッツとサーニャ殿も今日はここで休んで行かれると良いだろう。エレノア、二人を貴賓室へ案内してくれ」
「はっ!」
こうして俺とサーニャは、貴賓室に泊まることとなった。さすがに王城とあってか寄宿舎とは比較にならないほどの広さがあり、中の造りも豪華だ。
「サーニャ、疲れただろう? もう休むと良いよ」
「フリッツさんはどうするんです?」
「実は明日、エレノアと魔獣討伐に行くんだ。だから作戦会議をね」
「魔獣! フリッツさんが倒しに行かれるんですか!?」
そういえばまだサーニャに説明をしていなかったな。詳しく事情を説明すると、サーニャの顔はみるみるうちに真っ青になった。
「だ、大丈夫なんですか!? さっきの大怪我してた人たちって、魔獣にやられたんですよね? そんな凶暴な魔物を相手にするなんて……」
「もちろん怖いっていう気持ちはあるけどさ。何の因果か分からないけど、ティルを手に入れて大魔導士の後継者なんてものになっちゃったしね」
「大、魔導士?」
あぁ、そういえばこれも言ってなかったんだった。
かつて魔王討伐のパーティーにいた、大魔導士マリクとティルの関係性。そして先ほどの玉座での会話も説明すると、サーニャの顔はパッと明るくなった。
「やっぱりフリッツさんはすごい人だったんですね!」
「いや、俺がすごい訳じゃなくてティルがすごいというか」
「でも、そのティルさんに選ばれたんですよね!」
「そ、そうなるのかな……」
興奮気味のサーニャに、押し切られるような形で頷いてしまう。
「わたし、決めました! 明日の魔獣討伐、わたしもついて行きます!」
「えっ!?」
そしてサーニャの思わぬ決意表明に、俺は完全に面食らってしまった。
「サーニャ、それは危険すぎる!」
慌てて説得を試みるが、それでも彼女は首を横に振った。
「だって、フリッツさんも大怪我を追ってしまう可能性があるんですよね? わたし戦闘では役に立たないかもしれませんが、癒してあげることくらいはできます!」
「怪我をしないように頑張るからさ。それに、エレノアも付いて来てくれるっていうし……」
何とか思い直してもらおうと言葉を並べるが、サーニャの決意は固かった。
「それならエレノアさんが怪我をしたときに私が治療します。エレノアさんも女性なんですから、痕が残ったりしたら大変です! 大丈夫、わたしに任せて下さい!」
「そ、そうなんだけど……」
どうやらもう説得するのは難しいみたいだ。黙って出発することも考えたが、今の様子だと一人で追いかけてくる可能性だってある。
それなら、最初から同行してもらった方がいいか……。
「ならこれだけは約束して、サーニャ。絶対に俺とエレノアの後ろにいるって」
「はい!」
さて、エレノアにはなんて説明したものか。きっと怒られるんだろうなぁ。
ただティルの攻撃を当てることが出来さえすれば、たとえ魔獣であってもおそらく一撃で仕留められるはずだ。結局サーニャの安全はそこにかかっている。
「決めてみせる、一撃で」
魔獣を仕留めてさえしまえば、それですべてが終わるのだから。
おかげさまでブックマーク50に到達しました! いつも読んで頂き有難うございます。
今回はあまり内容的には進みませんでしたが、次回VS魔獣戦となります!
はたしてフリッツ君は一撃で魔獣をしとめることが出来るのか!?