禁足地へ
「おかしいですね……」
王都にたどり着き、門の前に降り立ったユーリさんがそう呟く。
その声には、確かに違和感を覚えるだけの説得力があった。外敵の侵入を防ぐために設けられた堅牢な門は開け放たれ、警備にあたる兵士の姿すら見えない。
事情を知らない俺ですら、一目で異常だと分かるほどだった。
「街の方で何か起きているのかもしれません」
門の向こうを睨むように見つめながら、彼女は確信めいた口調で言った。
「行こう」
迷いはなかった。俺たちはすぐに馬車へ乗り込み、街の中へと向かった。
※
馬車は王都の大通りを駆け抜けていく。
だが、街の中に人影は見当たらない。家の中にいるのか、それともどこか別の場所に避難したのか。いずれにせよ、ここまで人の姿がまったく見られないのは異様だ。
本来ならば、すぐに神樹の元へ向かいたかった。だが――
「まずは王城へ向かいましょう。街全体に何が起きているのか、お城の兵士なら把握しているはずです。さすがにこの状況は見過ごすことはできません」
ユーリさんのその提案を受け、いったん王城の方へと向かうことになった。
それからしばらく走ると、視界の先に木造の王城が見えてきた。高さはないが、広大な敷地を擁するその姿はまさに拠点と呼ぶにふさわしい。
そして城門付近までくると、門番の兵士らしき姿が見えた。彼らもこちらに気付いたようで、駆け足で近づいてくる。やがて声がはっきり聞こえる距離まで近づくと、
「巫女様ー! 巫女様ー!」
大きく手を振りながら呼びかけてきた。
ユーリさんもそれに応えるように手を挙げ、やがて馬車が門の前で完全に停止する。そして素早く荷台から降り立つと、威厳のある声で門番たちに声をかけた。
「皆さん、いったい何があったのですか?」
「巫女様、よくぞお戻りくださいました! 実は、少し前から禁足地から魔素が漏れ出し始めておりまして……」
「魔素が……!? では、女王セリカは?」
「……まだ戻られておりません。街へ流れ込もうとするものは術士たちが結界で防いでおりますが、それでも女王に何かあったのではと皆が不安を感じております」
「……そうですか」
ユーリさんと門番たちのやり取りを聞きながら、頭の中で情報を整理する。
禁足地――それは、おそらく神樹がある場所のことだろう。
そこから魔素が漏れているという事実。セリカさんが戻っていないという状況。今のところ街には被害は出ていないようだが、これは間違いなく一刻を争う事態だ。
「ユーリさん」
俺がそう呼びかけると、彼女はすぐに頷いた。
「ええ。皆さんを禁足地へご案内します。ただ……少しだけお時間をください」
そう言って、ユーリさんは再び門番たちに向き直る。
「街を走ってきましたが、街の人の姿を一人も見かけませんでした。魔素の件は、もう街の皆さんに知らされているのですか?」
「はい。女王様のご命令で、すでに国外避難の通達も出されております。しかし女王様だけ残し自分たちだけ逃げることはできないと、多くの者が国を出ようとはしませんでした。なので、今はそれぞれの家で待機するよう説得したのです」
「そうですか。皆さんが……」
街が静まり返っていた理由はそれか。セリカさんが民を案じていたのと同じくらい、ノークリッドの人々も自国の女王を心配していたのだろう。人間か精霊かなんて関係ない。彼女が築いてきた絆が、民の心をこの国に留めさせたのだ。
「……必ず女王セリカを――姉さまを連れて戻ります。ですから皆さん、それまでどうか街のことをお願いします」
「お任せください! 女王様も仰っておられました。自分がいない間に何か起きたとしても、巫女様なら必ず事態を打開してくれると」
「姉さまが、そんなことを?」
「はい! もちろん私たちも巫女様を信じております。この国を守ってきたお二人が戻るその時まで、我々も全身全霊でこの街を守り抜きましょう!」
――なんだ、やっぱりちゃんと信頼されてるじゃないか。
この国を支えてきたのはセリカさんだけじゃないことを、ノークリッドに住む人たちはしっかり分かっていたのだ。ただ本人がそのことに気付いていなかっただけで。
その証拠に、門番の言葉を受けたユーリさんは、少し呆けたような顔をしていた。きっと自分が頼られていることに、まだ実感が追いついていないのだろう。
でも大丈夫、これから気付けばいい。その時間は俺たちで作れば良いのだから。
「ユーリさん」
再び声をかける。振り返った彼女に、俺は手を差し伸べて言った。
「行こう。そして、必ずセリカさんを連れて帰ろう。二人が無事に戻ることを、みんなが待ってるよ」
しばらく呆けた様子で俺の手を見つめていたユーリさんだったが、やがて――。
「はい」
決意のこもった瞳で頷き、手を取ってくれた。その顔にもう迷いはない。俺は彼女の小さな手を取ると、馬車へと引き上げる。目指すは禁足地――神樹のある場所だ。
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