人への憧憬
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ノークリッドに足を踏み入れてからというもの、延々と続く深い森の中を進んできた。地図を確認しユーリさんの案内を頼りに道を辿ってはいるが、景色がほとんど変わらないせいで本当に前へ進んでいるのか不安になることさえあった。
それでも疫病に苦しむ町を訪れた時だけは、前進している気がした。補給の必要もあり立ち寄ったのだが、何より困っている人々を放っておくことはできなかった。
サーニャは治療を施すたびに感謝され、聖女様と呼ばれていた。彼女自身その呼び名に戸惑っていたが、実際、聖女の血を引いているのだから間違いではない。
俺としても、サーニャの尽力が評価されるのは素直に嬉しかったしね。
そんな出来事を思い返しながら、馬車に揺られる時間が過ぎていく。そして国境を越えてから十八日が経った頃、ようやく王都が目前に迫っていた。
「フリッツ様、見えてきました。前方に見えるのが、ノークリッドの王都です」
御者台に座るユーリさんが、やや緊張を含んだ声でそう言った。促されて前方に目を凝らすと、確かに森が開け、その先に灰色の城壁がぼんやりと見えている。
「ようやくだね」
「はい……」
返事はしたものの、ユーリさんの表情には不安が滲んでいた。
神樹の浄化は、これからのすべてを左右する。だが、彼女の不安の根本はそこではない。姉であるセリカさんのことが、心配で仕方がないのだろう。
二人の話をこれまで何度か聞いたが、どれも仲睦まじい姉妹の様子ばかりだった。だからこそ、俺はできる限り優しく、穏やかに言葉を選ぶ。
「王都に着いたら、真っ先に神樹の元へ行こう。浄化がうまくいけば、セリカさんもようやく休めるはずだ」
「ですが、サーニャ様の体調は大丈夫でしょうか? 旅の道中、いくつもの町で治療をしていただきましたし、無理をさせてしまっているのではないかと……」
ユーリさんは、どこか遠慮がちに、それでも真剣な表情で俺を見つめてきた。俺もサーニャの体調に関しては気になっており、町で治療を終える度に確認はしていた。
ただ本人によると、浄化魔法を行使するにあたり体力的な負担はほとんど無いらしい。初めて使用した際は少し疲れたそうだけど、それ以降は大丈夫みたいだった。
とはいえ、彼女の自己申告だけでは不安が残る。
だから道中にも他の仲間にもこっそり様子を見てもらったのだ。その中でも特に過保護なティルが「問題ない」と言っていたのだから、まず安心していいだろう。
「今日の朝これからの予定を相談した時にも様子を見たけど、顔色もいいし、声もはっきりしてた。体調は問題ないと思うよ」
「そうですか……。フリッツ様は、本当によくサーニャ様のことを見ていらっしゃるのですね」
「えっ、そ、そうかな……」
思わぬ言葉に、途端に照れくささがこみ上げてくる。俺としては心配していただけなんだけど、女性の視点からすれば見過ぎに感じているのかもしれない。
ど、どうしよう……嫌に思われていたら……。
「す、すみません。そういう意図ではなくて……」
俺の挙動不審ぶりに気づいたのか、ユーリさんは慌ててフォローを入れてくれる。
「い、いえ違うんです。その……お二人が出会って間もないと聞いていたのに、もうこんなに信頼関係を築かれていることが素敵だなと思っただけです」
「素敵、ですか?」
「はい。私は長く生きてはいますが、神樹の精霊としての立場上、あまり人と深く関わることはできませんでした。この国からも、世界会議を除けば出たことはほとんどありません。それが私の使命だったからです」
淡々とした言葉とは裏腹に、どこか寂しげな響きがあった。
「けれど……それが使命だとは分かっていても、憧れはあったのです。神樹の中から見てきた人々の営み、そこから生まれる絆や信頼――それらがとても愛おしく思えて、いつか私自身も感じてみたいと、そう願ってしまうほどに」
そっか、ユーリさんはそんな風に感じていたのか。
特別な存在であるはずの神樹の精であっても、人のつながりに憧れる気持ちは変わらない。その姿に、ふとひとつの提案を思いつく。
「じゃあ神樹の浄化が終わったら、ノークリッドを案内してもらえませんか?」
「え?」
俺の言葉に、ユーリさんが驚いたように小さく目を見開く。
「最近みんなちゃんと休めていなかったですし、この件が落ち着いたら少し息抜きでもしたいなって思ってたんです。だから、その……一緒に遊んでくれませんか?」
あれ、なんか回りくどい言い方になってしまった。ちゃんと伝わっただろうか?
「ふふっ」
ユーリさんが柔らかく微笑む。
「えっと……ごめんなさい、変なこと言ったかもしれません」
「いえ。私のために言ってくださったのですよね。なら、楽しみにしておきます」
「あ……はい!」
こうしてまたひとつ、未来に楽しみが増えた。その未来を守るためにも、まずは神樹を救わなければならない。自分の頬を一つ叩き、もう一度気合を入れ直す。
――王都は、すぐそこに迫っていた。
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