正面突破
途中の宿場町で御者の交代をし、馬車は三日三晩ほぼ休みなしで走り続けた。
途中の道すがら、俺たちはセントシュタットから命からがら逃げてきた人たちに出会った。その人たちに話を聞いたところ、城下町は辛うじて死守しているものの陥落は時間の問題かもしれないとのことだった。
そして三日目の朝。
ようやく国境の橋までたどり着いた時、その戦火は目に見える形になった。
「あれは……」
セントシュタット王国の上空付近に、黒い点のようなものがたくさん浮かんでいた。荷物に積んでいた望遠鏡でのぞき込むと、黒い点の正体は魔物だったのだ。
「ガーゴイルの群れか」
数にしておよそ50はいるだろうか?
そこからさらに進み、ようやく城下町を視界に捉える。しかし町の入り口付近に魔物が大勢取りついており、状況はかなり悪いように感じられた。
魔物たちを何とか押し返そうと、兵たちは町の前に築かれたバリケードの後ろから必死に応戦していた。大砲や弓で迎撃を行っているようだが、素早いガーゴイルに対してはなかなか効果をあげるのも難しいように感じられる。
「どうするフリッツ? 我らも後ろから攻撃をしかけるか?」
エレノアの言葉に考える。
確かにここで後ろから攻撃を仕掛ければ、魔物たちの意表をつけるだろう。しかし、こちらの戦力はサーニャをのぞいたら三人。
それでどこまで敵をかく乱できるだろうか?
「ティル、少し人間の姿になってくれるか?」
そう伝えると直ぐに腰に下げた魔剣が光り、ティルがいつもの姿になった。
「なに?」
「俺が今出せる20%の力で、城の前にいる軍勢を散らすことは可能かな?」
「……魔物の種類にもよるわね。多めにフリッツから魔力を吸収していたとして、前のような魔獣クラスがいなければ十分吹き飛ばせると思うわ」
「なるほど」
「フリッツ様、正面突破ですか!」
「それを考えていたんだけど、かなり危険な賭けになるからさ。御者の人の安全も確保しなきゃいけないし、簡単には決められないな……」
ここまで連れてきてしまったけど、御者の人は一般人だ。
ここから引き返してもらうにしても、無事に戻れる保障はない。ここにきてセントシュタットのことにしか考えがいってなかった自分が腹立たしい。
「なに、オレのことは気にする必要はねぇですぜ。クロエ様が命かけようとしてんのに、御者がびびっちまったら情けなくて王にも顔向けできねぇ。そんな訳だから、兄ちゃん指示をくれ。俺はどう行けばいいんだ?」
「……有難うございます。ただ一直線に町の入り口を目指してください。魔物は全て自分たちが引き受けます」
御者の人の覚悟に応えるべく、俺は考えていた進路を示した。
「だがフリッツ、どうやって我々の存在をセントシュタット兵に知らせる?」
そう尋ねてくるエレノアに、俺はあるモノを取り出してみせた。
「実は急使に来ていた兵士の人から、これを預かってきたんだよね」
それはセントシュタットの紋章が入った青色の旗と狼煙だ。どうやらこの国では青が援軍を示す色らしく、合流時に使って欲しいと言われていたのだ。
「確かにこれなら何とかなるだろう。後は突入時の各々の役割か」
「それなんだけど、エレノアとクロエは弓を扱える?」
「私は大丈夫だ。クロエ殿は?」
「わたくしも扱えます。ですがガーゴイルに確実に当てられるかは、正直自身がございません……」
「いや、威嚇射撃で大丈夫なんだ。この馬車に近づけさせないだけで良い」
「それなら大丈夫です!」
よし、これで条件は一通りクリアだ。だけど、本当にこれで大丈夫か?
相手は今まで相手にしたことがないような大群。しかも今は自分一人じゃない。仲間の命もかかっているんだ。もう一度作戦の見直しをした方が……。
「フリッツ」
「ティル?」
「大丈夫よ。アタシがちゃんと道を開いてあげる。だからアンタは自分のやるべきことだけを考えなさい」
「……ティルには何でもお見通しか。頼んだよ、相棒」
「ま、持ち主に死なれちゃ寝覚めが悪いしね。ほら、魔力ちょうだい。ん……」
そう言って唇を差し出してくるティル。彼女の頬にそっと手を当てると、俺はそこに口づけをした。……よく考えたら自分からするのは初めてかもしれないな。
「な、ななな……フリッツ様!?」
「あぁ、クロエ殿はこれを見るのは初めてか」
「あれはティルさんがフリッツさんの体から魔力を吸収してるんだそうです。……その、何度見ても刺激的ですけど……」
狼狽するクロエに、既に体験済みのエレノアとサーニャが説明してくれる。まあ事情を知らないと、戦場でいちゃついているただのバカップルにしか見えないからね。
「な、なるほど。あれで魔力を。しかし……」
なんというか、まだ14歳のクロエには刺激が強いようで顔を真っ赤にしている。
あまりこういうのは見せない方がいいのだろうけど、今は状況が状況だから仕方がない。しばらく俺の口内を舐め回した後、ティルは満足したように口を離した。
「ふう、これで十分かしら。もし魔獣クラスがいても、これなら何とかなるかもしれないわね」
よし、ティルも満足げだしこれで準備は整った。後はセントシュタットの旗を馬車に括り付け、狼煙を上げる準備をする。
「まず俺が先制して魔物の群れに向けて斬撃を放つ。その後に道が開くはずだから、御者の人は一直線に町の入り口まで向かってください」
「了解!」
「次に上空からガーゴイルの部隊が襲撃してくるとはずだから、エレノアとクロエは馬車の両脇から弓で威嚇射撃をして欲しい。もちろん出来る限りで大丈夫だし、いざとなったら俺もフォローには回るから」
「承知」
「了解いたしました!」
「サーニャは俺たちが魔物と戦っている間に、狼煙を上げてもらいたいんだ。それで、もし御者の人が怪我をするようなことがあれば手当をしてほしい」
「わかりました!」
これで各自に出来そうなことは伝え終えた。いや、そういえば……。
「クロエ、この前使った加速魔法って唱えられそうかな?」
もし使えるのであれば、馬に加速魔法をかけてより安全に駆け抜けたい。
「どうでしょう、あの時は無我夢中だったので……」
「なら一度試してみようか。一度成功しているクロエなら、理論さえ理解できればば再現も可能だと思うんだ。もちろん、失敗しても気にしなくて大丈夫だからさ」
「わ、分かりました」
俺は紙に魔法式を書き、理論と発動方法を説明する。クロエも魔法学の知識自体はあるのか、特に補足説明をすることなく理解してくれたようだ。
「では、試してみます!」
クロエはそう言うと魔力を練り上げ、魔法式を構成し始めた。
「どう、ティル?」
「この前のでたらめな魔法式とは違って綺麗なものね。この子、勇者より魔法使いの適正があるんじゃない?」
「それ、あまり本人には言わないであげてね……お、発動するぞ!」
「はあああぁぁぁぁーーーっ!!」
クロエが呪文を発動すると馬車の馬が光に包まれ、そして――
「ヒヒイイィィーーーン!!」
大きく嘶き、まるでいつでも走れると言わんばかりに足を回転させ始めた。
「成功だな!」
見事魔法は成功し、加速魔法がかかった状態になった。これでより早く町の入り口まで突っ切ることができるだろう。
――準備は整った。
みんなに視線を向けると、それぞれが決意のこもった表情で頷き返してくれた。
「よし、突撃だ!」
その言葉と共に馬に鞭が入り、馬車は一目散に魔物の大群へと走り始めた。




