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才能

 こうして正式に俺たちの旅に同行することになったクロエ。だが少し引っかかることがある。それは、先ほどの戦いで見せた加速魔法――≪アクセラ≫である。


 呪文としてはそれほど高位なものではないが、簡単な魔法という訳でもない。それこそ、ややこしい運動理論なんかを理解していないと発動できないはずだ。


 それを今まで魔法を使ったことが無いクロエが、無詠唱で発動したという事実。


 確かに魔法の才能が急に開花することはある。しかし、それは魔法に関する知識がある場合に限った話だ。もしクロエが魔法の知識も無しに発動したとなれば、それは凄まじい才能と言えるかもしれない。


「どうかしましたか、フリッツさん?」


 俺が考え込んでいると、心配してくれたのかサーニャがそう聞いていた。


「ごめん、なんでもないんだ。それにしても、せっかくクロエが仲間に加わったんだから、歓迎会でも開かないといけないかな」


「あ、楽しそうですね。わたし、何か作ります!」


「それは楽しみだな。ここ数日移動ばかりでサーニャの手料理を食べてなかったし」


 もし歓迎会を開くのであれば、そこでクロエに魔法の知識を有しているのかも確認してみたい。そんな話をサーニャとしていると、今度は王が話しかけてきた。


「フリッツ殿。大変かとは思いますが、クロエのことお願いいたします」


「お任せください……と言えるほど実力がある訳ではないですが、自分が守れる限りは死力を尽くすことはお約束いたします」


「真面目な方ですな。そんな方だからこそ、安心して預けることができます」


「……過分な評価、有難うございます」


 最近やけに持ち上げられることが多いから、そろそろ何か失敗しそうで内心ビクビクしている。ティルがいなければ、未だにお荷物だからな。


「クロエが旅立つというなら、色々と用意してやらねばな。そうじゃ、宴も開かねばなるまい。儂は今から色々と用意してくるが、フリッツ殿はどうする?」


「そうですね……。実はさっきクロエの歓迎会でもやろうかと話していたんですけど、宴をやるならそっちを優先した方がよさそうですね」


「おぉ、そうであったか。ふむぅ……どうするかのぅ」


「住み慣れた城での宴が、クロエにとって良いんじゃないでしょうか。サーニャ、悪いけどそれでいいかな?」


「はい! あの、わたしお料理のお手伝いさせていただいても良いですか?」


「こちらは別に構わないが……良いのかね?」


「お願いします!」


「では厨房に案内しよう」


 王に連れられてサーニャは厨房に向かった。さて俺はどうしようかな……。


「フリッツ」


「あぁ、エレノア」


「私とクロエ殿も少し着替えてくるが、お前はどうする?」


 クロエとエレノアも行っちゃうのか。まあ汗をかいたままだと風邪ひくしね。


「いったん宿屋に戻ってるよ。ちょっとティルに聞きたいことがあるんだ。あ、そういえばクロエの旅立ちが決まって宴をやるみたいだよ」


「えぇ、宴でありますか!? 叔父上ったら、大げさなんだから」


 エレノアの後ろで話を聞いていたクロエが、かなり驚いていた。王族なら宴は日常茶飯事化と思っていたけど、そうでもないらしい。


「サーニャは料理のお手伝いに行っちゃったから、二人もゆっくりしてきていいよ」


「ではそうさせてもらおう。行こうか、クロエ殿」


「はい、エレノア様!」


 エレノアの後を嬉しそうについていくクロエ。もしかしたら先ほどの戦で、二人の間に絆のようなものが生まれたのかもしれない。


「さて、俺も行くか」


 クロエの素質について、ティルはさて何というだろうか?



「あれは異常ね。魔法式はかなりデタラメだったけど、ちゃんと成立していたわ。しかも無詠唱というおまけつき」


 試合中はだんまりを決め込んでいたティルだったが、部屋につくなり人の姿に戻っていきなりそう言った。というか、考えていたことが完全に筒抜けなんだけど……。


「無詠唱なのは驚いたけど、魔法式までデタラメだったんだ……」


「えぇ。というか、アンタ見えなかったの?」


「人間には魔力の流れは見えても、魔法式までは見えないよ普通」


「ふぅん、面倒なのねニンゲンって」


 本当に面倒って感じに言いながら、ベッドに横たわるティル。あまりに無防備なんでスカートの中がかなり危うい感じになっているが、今はひとまず気にしない。


「魔法式がデタラメってことは、やっぱり魔法の知識は持ってない感じか」


「でしょうね。ちなみにアタシは、同じことをやったニンゲンを知ってるわ」


「……もしかして先代勇者?」


「アンタにしては冴えてるじゃない。ま、正確に言うと歴代勇者だけどね」


「まさか、クロエが当代の勇者なのか!?」


「それは分からないわ。おそらく、まだ覚醒もしてないでしょうし。念のため、エレノアに勇者の痣がなかったか後で確認した方がいいかもしれないわね」


「そっか、着替えてるんだもんな」


「……変態」


「まだ何も考えてないぞ!」


 いやほんと、うん。そりゃあ年頃の男としては興味はないこともないけど……。


「でも、魔法ってあんなに簡単に使えるものなんだな」


「そういえばアンタ、魔法はからっきし使えなかったわね」


「うん」


「今なら使えるかもよ。ちょっとやってみたら? 何気にアタシも、アンタが魔法使おうとしているところ見たことないし」


「じゃあ≪アクセラ≫をやってみるか」


 カバンの中からボロボロになった杖を取り出す。魔法使いの適正があると分かってから、両親に買ってもらったものだ。昔は練習もかなりやったが、一度として魔法を唱えることはできなかったんだけど


「せっかくだから魔法式があってるか見てくれよ、ティル」


「いいから早くやりなさい」


「はいはい。行くぞ!」


 魔法詠唱を始める。魔力を練り上げて、運動理論に従って式を構成する。そして魔力が組みあがったところで一気に自分に向けて解放。


「≪加速魔法(アクセラ)≫」


 しかし何も起こらなかった。


「…………」


「ま、そんな上手くいくわけないよなぁ」


 久しぶりに味わったけど、これすごい敗北感だ。


 魔法使いなのに魔法使えないなんて、魔力タンクと蔑まれてきた日々が再びよみがえる。うぅ、どうせ俺は役立たずの魔法使いだよ。


「…………」


「あの、ティルさん。せめて何かコメントして……」


「あぁ、ごめんなさい。開いた口がふさがらなかったわ」


「えぇ!?」


 それはあまりにヘタクソすぎて、言葉も出なかったってこと? そうだとしたら、分かっていたことではあるけれどかなりショックだな。


「いえ、魔法式の構成は完璧よ。多分、マリク以上と言っても過言じゃないくらい。ただアンタの大きすぎる魔力が、放出時に全てを壊してしまっている」


「え……」


 それは意外な反応だった。魔法式の構成がマリク以上? 初めは冗談だと思ったけど、それにしてはティルの表情が真剣過ぎた。


「じゃあ、俺が魔法を使えないのって」


「その無尽蔵にあふれ出す魔力のせいね。アンタ、才能だけならマリク以上のものを持ってるわよ」


「マジか……」


 今までずっと俺に才能はないものだと思ってきた。


 そんな自分を恨みもしたし、魔法が使える周囲の人たちに嫉妬もした。でも一番才能を持っていたのが、まさか自分だったなんて……。


「皮肉だな……」


「その才能も、扱えなければただの宝の持ち腐れよ」


「そうなんだよな」


 ティルが言うに、俺は魔力の20%ほどしか扱えていない。マリクのように100%の魔力を出すためにはどうすればいいのか。


「俺とマリクの違いって何かな?」


「実戦経験と努力」


「うぐ、すごいまともな返しだ……」


「事実だからね。あとは……アンタには教えてくれる師匠が必用ね。魔法式があそこまで完璧に組めるってことは、前は誰かに教えてもらってたんじゃないの?」


「うん、師匠はいたよ。かなり偏屈な爺さんだけど。でも直ぐに冒険者になりたかったから、修行の途中で飛び出してきちゃったんだよ。きっと怒ってるだろうなぁ」


「それはまた、バカなことをしたわね」


 ほんと、今になって思うと確かにバカなことしたなぁ。


 もっと師匠の下で修業してれば今頃100%まではいかずとも、50%くらいの魔力をティルに込められていたかもしれない。


「で、その師匠は今どこにいるの?」


「あの人も気まぐれだからなぁ。俺の故郷に来たのも、旅の途中で知り合いに会いに来ただけらしいし。今はまた世界のどこかで旅でもしてるんじゃないかな?」


「はぁ……逃がした魚は大きかったかもしれないわね。まあいいわ、今は魔法使いじゃなくて勇者よ。アンタも知識があるなら、クロエに色々教えてあげなさい」


「うん、もちろん」


 だけど、できることならクロエにもちゃんとした先生をつけてあげたいな。


 剣術はエレノアがいればなんとかなると思うけど、もし旅の途中で師匠に再会することがあれば、クロエの先生役を頼めればいいんだけど。

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