覚悟
クロエから相談を受けた翌日、改めて城に向かうと玉座の間が何やら騒がしい様子だった。
「どうしたんでしょう?」
不思議そうにつぶやくサーニャだったが、俺にはなんとなく予感があった。そして、その予感が間違っていたことがすぐに分かることになる。
「少し落ち着きなさいクロエ」
「わたくしは落ち着いております! 叔父上こそ、どうして分かっていただけないのですか!」
「私もお前の強さは知っている。しかし旅にでるということは、常に死の危険に晒されるということだ」
「それは理解しております! それでも……」
やはり昨日のことについて話しているようだ。
玉座の間にたどり着くと、王とクロエが激しい舌戦を繰り広げていた。その周囲で兵士と大臣がオロオロとした感じで様子をうかがっている。
「いいかいクロエ……っと、フリッツ殿」
「フリッツ様。今しがた昨日の話を叔父上にもしていたところです。しかし叔父上もなかなか頑固で、首を縦に振ってくれないのです」
頑固なのはきっと、血のなせる業なんじゃないかなぁ。そう思いつつも王の方を見ると、まるで窮地に援軍を見つけたかのような視線で見つめ返された。
「おぉフリッツ殿、良いところに。クロエを旅に同行させる許可を出したとのことですが、それは真ですか?」
「はい。旅の仲間にも相談してみましたが、ほぼ全員が賛成でした。一人だけ、条件付きということでしたが」
「フリッツ様、条件とは?」
俺の回答に少し引っかかったのか、クロエがこちらに向き直った。
「それについては、エレノア」
「うむ。失礼ながらクロエ殿、一度この私とお手合わせ願えないでしょうか?」
「エレノア様と、ですか?」
「さっき王も言っていたけど、俺たちの旅はどうしても危険が伴う。だから、クロエの剣の腕を見せて欲しいんだってさ。そうでしょ、エレノア?」
「うむ。それにクロエ殿が私より強いとなれば、火力があるフリッツを除けばパーティーでは一番頼りとなります。これほど心強いものはありません」
そう言いながらちらりと王に視線を向けるエレノア。きっと王の不安を取り除こうという、彼女なりの作戦なのだろう。
「うぅむ……」
エレノアの視線を受け、王もどこか考えるように唸る。葛藤もあったのかしばらく悩んでいた王だったが、やがて伏せていた顔を上げると、
「ではこうしよう。クロエがエレノア殿に一撃でも当てることが出来たならば、旅立つ許可を出そう。これ以上は譲れん」
王としてはこれが最大限の譲歩なのだろう。しかしエレノアに一撃入れるか……クロエがこれを、どう捉えるかだけど……。
「……わかりました。二言はありませんね、叔父上!」
「あぁ」
やはりこの条件であっても受けるか。
だがエレノアから一本は、正直かなり難しい。なんせ強さ至上主義の国バルディゴでも、有数の実力者だからな。自分が許可したことから始まった騒動ではあるが、いったいどんな結末を迎えることになるのか。
少し不安な気持ちを抱えながらも、俺たちは玉座から立ち合いが行われる兵士の訓練場へと移動するのであった。
※
訓練場のある城の左塔一階にくると、訓練をしていた兵たちはいきなりの王の登場に驚きを隠せないようだった。だが用件を告げると、多くの兵士たちが湧きたった。
近くにいた兵士に理由を聞いたところ、どうやらクロエはこの国の兵士たちから絶大な人気があるとのことだった。あれだけの美少女だ、その気持ちも分かる。
「少女の見た目から放つ、あの凛とした雰囲気……でも話してみると意外と子供らしくて、そのアンバランスさは男心をくすぐるものがあるんです。それにどこか危なっかしいですから、守ってあげたくなりますよね!」
……というのが、その兵士の談である。
そのクロエが戦うというのだから、訓練をしていた兵士たちがみんなギャラリーと化すまでに時間はかからなかった。いまや城中の兵士がほんとどここに集まっていると言われても、不思議じゃないくらいだ。
「それでは両者、所定の立ち位置に」
王の一言で、ざわめいていた訓練場が静まる。クロエとエレノアは練習場の中央に引かれた白い白線の上まで移動し、お互い兵士から渡された練習用の木剣を構えた。
構えを見る限り、クロエもかなり堂に入ったものがある。
対してエレノアはバルディゴ流の構え。最初は様子見なのか、それとも使う気がないのか、前に見せてもらったマリアガーデン流の構えではなかった。
エレノアがどこまで本気でクロエと立ち合うか、それは分からない。
だが王とクロエが約束してしまった手前、彼女がエレノアから一本を取れなければ旅に連れていくことはできないのだ。
それでも彼女が覚悟を持ってこの試合に臨むなら、余計な口出しは出来ない。
「それでは……はじめっ!」
「せやああぁぁーーーっ!!」
王の試合開始の合図が終わった瞬間、クロエがエレノアに斬りかかる。
疾い。まさに一足飛びといった感じで一気にクロエとエレノアとの距離が縮まる。
しかし――。
「ふっ!」
それに動じた様子もなく、エレノアはクロエの攻撃を軽くいなした。
「まだまだぁっ!」
クロエも負けじと、そこから連続攻撃を繰り出す。だがそれすらも、エレノアは正確に全て防ぎきって攻撃に転じた。
「はぁっ!」
一閃――。
エレノアの斬り上げは、クロエの持っていた木剣を高々と宙に弾きとばした。
「なっ……!」
それはくるくると宙を舞い、やがて地面に落ちた。その様子を、どこか茫然とした様子で見つめていたクロエだったが――。
「クロエ殿! 拾わねば戦場では死にますぞ!」
エレノアが檄を飛ばすと、ハッと我に返り慌てて木剣を拾って構えた。
「エレノア様、もう一度お願い致します!」
「えぇ、クロエ殿。勝負はまだついておりません」
そう言葉を交わし再び剣を交える二人。その様子は、まるで師匠が弟子に剣を教えているようにも見えた。何だか自分が剣の修行を受けていた時を思い出してしまう。
まあ、クロエは俺と比較にならないくらい基本が出来てるだろうけど。
彼女には剣の適正がある。その証拠に、打ち合う度にどんどん動きが洗練されていくのが分かる。エレノアもそれに満足しているのか、どこか嬉しそうな表情だ。
やがて距離が開くと、ついにエレノアが構えを変えた。マリアガーデン流――つまり、彼女の本気だ。
「お見事です、クロエ殿。まさかこんなに短時間でバルディゴ流を吸収されるとは思いませんでした。ならば、私もとっておきをお見せしましょう!」
「はぁ……はぁ……まだ、何か隠しておられましたか」
エレノアにはまだ余裕があるが、クロエの方はもう息も絶え絶えだった。もう十分以上も立ち合っているのだ。例え男であっても、普通は音を上げている頃合いだ。
「どうですか、クロエ殿。次の一太刀で最後にしては?」
「つ、次で最後ですか!?」
「残り少ない体力で何合も打ち合うより、一撃にかける方がお互い良いと思うのです。それに、クロエ殿はそちらの方がお得意なのではないですか?」
「っ……気付いていらっしゃったのですか」
エレノアの提案にクロエは驚きを隠せないようだった。俺からしたら何のことがさっぱりだけど、実際に打ち合っている中で感じるものがあったのかもしれない。
「エレノア様には敵いませんね」
「そんな弱気でどうします。私から一本取って、叔父上を説得なさるのでしょう?」
「……そうでしたね。では」
クロエはふぅと息を一つ吐くと、深く腰を落として剣を腰に構えた。見たことがない構えだ。これが一撃にかけるクロエのとっておきなのだろうか?
対してエレノアは木剣を片手で中段に構え、クロエの一撃を迎える形だ。
稽古場が再び静まり返る。
これが最後の一撃ということで、誰もが固唾をのんで状況を見守っている。おそらく先に仕掛けるのはクロエ。それをエレノアがどう捌くかだが、さてどうなるか。
そんなことを考えた一瞬の後、何かが弾けるような音が練習場内に響き渡った。見ればエレノアの持ってい木剣が、途中からぽっきりと折れていた。
「つぅ……」
痛みに顔を歪めたエレノアが、剣を落としてうずくまった。クロエの一撃が木剣を折り、エレノアの手にまでその刃先が届いていたのだ。
「サーニャ!」
「はっ、はい!」
俺が呼びかけると、直ぐにサーニャが反応してエレノアの手当てに向かう。一撃加えたクロエ自身は、青ざめた顔になりながらもエレノアに寄り添っていた。
「エレノア様!」
「くっ……いや、大丈夫ですクロエ殿。今の一撃は見事でした。あの技はどこで?」
「両親から教わった剣術ですか、普段はここまでの威力は出ないのです。わたくしにも、一体何が起こったことか……」
「さっきのは≪アクセラ≫――加速魔法だよ。クロエ、魔法が使えたのかい?」
「いえ、わたくし今まで魔法などは……」
俺が答えを示しても、クロエはしっくりきていない感じだった。この感じだと本当に今まで魔法なんて使えなかったのだろう。それが、急に使えるようになった。
そういうことが無い訳ではない。
現に俺の師匠だった人なんかは『魔法は想いの力』と言っていたし、使いたいという想いが強ければ使えるようになる人もいる……と聞いたことがある。
つまりクロエは、先ほどの立ち合いの中で早くなりたいと願ったのだろう。その結果、彼女の中にあった潜在能力が発現して魔法が発動した。加速魔法も決して簡単な魔法ではないが、それだけ想いが強かったということか。
「よかった、そこまで大きな怪我じゃないですね」
「申し訳ない、サーニャ殿」
「いえ、これくらいしか役に立てませんし」
「何を言われる。サーニャ殿も立派な旅の仲間です」
「あ、有難うございます」
どうやらエレノアの傷の治療も無事に終わったらしい。先ほどまで大きなみみず腫れが出来ていた肌が、綺麗に治っていた。
傷痕が残らなかったことにほっとしながらも、改めてクロエに向き直る。
「クロエ、キミの方は大丈夫かい?」
「わ、わたくしは何も……それよりエレノア様、本当に申し訳ありませんでした! なんとお詫びしていいやら……」
涙を流して謝るクロエだったが、エレノアはそんな彼女の頭をやさしく撫でた。
「いえ、素晴らしい一撃でした」
「ですが……フリッツ様がおっしゃるには、わたくしは魔法を使ったのですよ! そんなのルール違反です!」
「そのようなルールを設けてはおりませんでした。それに、魔法も立派な実力。実戦では総合的な力が問われるのですから」
「それでも……わたしくしは……」
エレノアに怪我をさせてしまったことに、かなり負い目を感じているのだろう。だけどあの剣技に加えて、魔法も使えるなら……それだけで天賦の才といっても過言ではない。そのことだけは分かってもらいたい。
「クロエ。エレノアも言った通り、実際の戦いでは剣も魔法も使えるのはかなり有利になる。それこそ、勇者に必要な一番の素質といっても良いだろう」
「……」
「それに俺たちの旅についてくるのなら、自分のために味方が傷つくことも少なからずある。厳しい言い方になるけど、ある程度割り切れないとやっていくのは難しい」
「はい……」
「ま、でも」
ここまでは一応の建前。でも、本当に彼女に伝えたいことは他にある。
「その優しさは、勇者になるには何よりも重要だ。だから、いつまでも忘れないで」
「フリッツ様……はい!」
さて、後は王様がこの立ち合いを認めてくれるかどうかだけど……。立ち合い人をしていた王に視線を向けると、ゆっくりとこちら歩み寄って来た。そして不安そうなクロエの肩にポンと手を置き、一つ頷いてから口を開いた。
「いい勉強なったようじゃな、クロエ」
「……叔父上」
「確かにお前は強い。バルディゴで名のあるエレノア殿から、一本取ってしまうほどにな。しかし、まだ心が未熟じゃ。故に儂は心配じゃった」
「はい……わたくしはまだまだ未熟でした、叔父上」
「じゃが、この立ち合いで学ぶことも多かったのではないか? 己の弱さを自覚したお前に、もう一度問おう。フリッツ殿たちと、それでも旅に出る覚悟はあるか?」
「はい。己の弱さを認めたうえで、世界を見て回りたいと考えております」
「そうか……。一度決めたら曲げないところは、お前の父そっくりじゃ」
王の言葉に、クロエもどこか恥ずかしそうに微笑んだ。
ブレーメン王家の人は、きっと誰もが一本芯を持った人なのだろう。それはクロエがこれから旅をする上でも、必ず役に立ってくれると思う。
いつもと比較して今回は少し長めでございます。
そしてちょっと……というか、かなり文章が怪しいかもしれないので後日修正する可能性がございます。一応見直しはしておりますが、読んだときに不備がありましたら申し訳ございません(;・∀・)




