勇者を探して
朝。最近はだんだんと気温も上がってきて、むし暑さを感じるような気候になってきた。もうバルディゴについてからはや一月。そろそろ季節も移り替わろうとしているのを肌で感じでいた。
そんな中、俺はいつものようにエレノアから剣の指導を受けていた。汗をかきながらも与えられた課題を一通りこなし終え、一息ついて腰を下ろしたところで、エレノアが待っていたかのように口を開いた。
「フリッツ、今日の午後は暇か?」
「ん? あぁ、今日はギルドの仕事も特に入れてないけど」
「それならちょうど良かった。実はな、王が折り入ってお主に頼みたいことがあるらしい」
「頼み……」
何となくだけど、ついに来たかという思いがあった。
まがりなりにも、俺は大魔導士マリクの後継者として選ばれてしまったわけだ。ティルも言っていたけれど、いつか勇者パーティーに入る運命にあるらしい。
だけど今こうして平穏に日々を過ごしているのは、ひとえに勇者が見つかっていないからである。
「勇者が見つかったのか?」
「そういう訳ではないらしいが、私も詳しいところまでは聞かされてなくてな」
「なるほど……」
何にせよ、王様直々のお呼び出しなら断る選択肢はない。こうして俺はエレノアをともなって王城に向かうこととなった。
※
「おぉフリッツ、よくぞまいった。すまんな、急に呼び出して」
城にある玉座の間に向かうと、そこにはすでに王の姿があった。
「いえ、王直々のご指名とあれば」
「はっはっは、指名料が高くつきそうだな……とまあ挨拶はこれくらいにして、そなたに頼みたいことがある」
「そのように伺っております」
「なら話は早い。その頼みというのはだな、勇者の捜索をそなたに任せたいと思っておる」
「自分が、勇者の捜索をですか?」
「うむ」
まあ見つかってない以上、この世界の為には探さなくてはいけない人物であることに変わりはない。しかし、すでに世界中の国々で捜索が行われ、それでも見つかっていないのが現状だ。
「お言葉ではありますが、もうかなりの範囲で捜索が行われているのではないでしょうか? 引き受けるのは結構なのですが、見つけられるかは……」
「そなたの言いたいことは分かる。だが捜索を行ったと言っても、国としては捜索が難しい場所もまだまだあるのだ。例えば、他国との国境にまたがる箇所などだ」
なるほど。国という規模だからこそ、その辺りは色々と問題があるのだろう。その点、冒険者という立場ならもっと自由に捜索の幅が広げられる。
「それに、残念なことだが勇者探しにあまり積極的ではない国もある。魔物の数も少なく、表向きは平和に感じる地域などはそうなってしまうのかもしれんが……」
そう言いつつも、バルディゴ王は疲れたようにため息をついた。納得はしていないが、他国のことだからあまり干渉は出来ない……といった感じだろうか?
「王、一つ確認したいことがございます」
「ん、何だ?」
「『魔界門』はまだ閉じているのですよね?」
「あぁ、それは先日も聖地に遣いをやって確認しておる。『魔界門』は未だ閉じられたままだそうだ」
魔界門――その名の通り地上と魔界とをつなぐ巨大な門だ。世界の中心にある小さな小島にあり、先代の勇者が神から授かった力でその門を封じたと伝わっている。
ただ、これは永遠に続く封印ではない。魔界に新たな王が誕生し、力をつけると徐々に開いていくのだ。それをまた、次代の勇者が魔王を倒して封じる。
世界はその繰り返しで成り立っていた。
こうして考えると、かなり不毛な戦いを続けているように感じられる。しかし神の力を以てしても、魔界を完全に封じることが出来ないのだから仕方ない。何にせよ魔界門が開く前に勇者を見つけないと、世界はまた争乱の時代に突入する。
「分かりました。お引き受けいたします」
最初はバルディゴで修行をつんで、ある程度戦えるようになったらぺスタに帰るつもりだった。だけど、もうそうも言ってられない状況になってしまった。幸い世界を平和にする勇者を探すことは、結果的にぺスタの村を守ることにもつながるはずだ。
「おぉ、引き受けてくれるか!」
「王の頼みなんて、断ったらどうなるかわかりませんからね」
「はっはっは、救国の英雄に無理強いはせんよ。ただ、正直に言うと受けてくれてホッとしている。マリク様の後継者ということもあるが、そなたには何か人を引き付ける力を感じるのだよ」
「そんな大層な力はないですよ。むしろ魔力タンクと言われて蔑まれてましたから」
「だがサーニャ殿やエレノアも、そなたを高く買っておるようだかな」
「あの二人は……」
サーニャはあの通り天使のような性格だから、きっと誰が相手でもほめてくれるような気がする。エレノアはこの前の魔獣戦で庇ったことに恩義を感じてくれているんだろうが、あれは俺が仕留めそこなったのを自分で尻拭いしただけだしなぁ。
って、そういえば――。
「すいません。勇者捜索の件なんですが、サーニャやティルの意見も聞いておきたいので返事はやっぱり明日で大丈夫でしょうか?」
「ふむ。そういえば、サーニャ殿も一緒にこの国まで旅をしてきたのだったな。それにティルヴィング殿にも伺いを立てねばなるまい。あいわかった、明日また返事を聞くことにしよう」
「有難うございます。それでは、今日は失礼致します」
さて、あの二人はさて何と言うだろうか?
サーニャは付いてくると言いそうだけど、ティルは勇者についてどう考えているんだろうか? 思えば俺は、ティルが普段何を考えているのかあまり知らない。
ここは一度腹を割って、彼女と話してみる必要がありそうだ。
※
「って話なんだけど、どうだろう二人とも?」
夕食後、話があるからと食卓に残ってもらったサーニャとティルに王から頼まれたことについて相談を持ち掛けてみた。すると――。
「わたしはフリッツさんが行くならお供します! そのためについてきたんですから!」
サーニャは予想通りというか、俺が勇者探しに行くことに賛同してくれた。一つ懸念があるとすれば、また彼女を危険に晒してしまう可能性があるということだ。
だけど正直に言えば、彼女が付いて来てくれると言ってくれたのが本当に嬉しかった。魔力タンクと蔑まれてきた自分を、ここまで信頼してついて来てくれたのだ。
俺はその期待に、全力で応えたいと思う。そしてティルの方はというと――。
「……」
何やら考え事をしているように黙り込んでいた。
「ティル?」
「聞こえているわ」
「そっか。で、どうかな?」
「……それはアンタが決めることよ、フリッツ。アタシはただの魔剣。持ち手の意志に従うわ。それじゃ、もう部屋に戻るわね」
それだけ言って、早々に部屋へと引き上げていった。何だろう、虫の居所でも悪かったのかな? でも、それにしては去っていくときの表情が……。
「どうしたんでしょう、ティルさん。少し寂しそうでしたね?」
そう、どこか寂しそうだったのである。これはもう一度しっかり話をした方が良さそうだなと思いつつ、俺はティルの後を追った。
※
「ティル、入るよ?」
と言っても自分の部屋なんだけど、ティルは最近人間の姿をしていることが多いので念のため呼びかける。だがしばらく待っても反応がなかっので、仕方なく部屋に入ると彼女はすでに剣の姿に戻った後だった。
剣の姿のままだと、手に持って握らないとティルの声は聞こえない。だから俺はベッドに腰かけると、剣を握り再び声をかけた。
「どうしたティル? 何かあったか?」
『……別に』
「なら、もっと楽しそうに話してくれよ。俺、何か気に障るようなこと言ったかな?」
『アンタが悪い訳じゃわないわ』
「それはちょっと安心した。でも、なら何でそんな感じなんだ? 良ければ、話を聞かせてくれないか?」
『それは……』
そこでティルの言葉が途切れる。きっと何か言いづらいことがあるんだろうと、こちらも根気強く待つ。そして沈黙が一分ほど間続いた後、ようやく彼女は口を開いた。
『……マリクの前にアタシを使っていたのも、勇者パーティーの魔法使いだった』
それは初めて聞く情報だった。つまりティルは、二代に渡って勇者パーティーの魔法使いを助け戦ってきたことになる。そう思っていたのだが――。
『そのもう一つ前も、さらに一つ前も、全て勇者パーティーの魔法使い。そして戦いの果てに、みんな死んでいったわ』
「えっ……」
二代どころの話じゃない。ティルは勇者パーティーの魔法使いの間で、代々受け継がれてきた武器だったのだ。そして彼女の言葉を信じるならば、使い手たちはみんな死んでいった。もしかしたら、全員が戦死だったのかもしれない。
『どいつもこいつもみんなバカでね。口をそろえて『勇者を守る』っていう正義の為に死んでいったわ』
「ひょっとして……俺が勇者を探しに行くって言った時、心配してくれたのか?」
『……今までのヤツらには遠く及ばないけど、一応アンタもアタシの使い手だしね』
「そっか……」
ようやく分かった。ティルが心の内に抱えていた苦しみが。
「ティルはそれを、勇者のせいだって考えているわけ?」
「……」
また沈黙が生まれた。
てっきり答えは直ぐ返ってくるとばかり思っていたので、この反応は少し意外だった。だが、やがて決心がついたのか吐き出すようにティルは言葉を紡いだ。
『勇者には一切、非はないわ。本当の原因はわかっているの』
「本当の原因?」
『アイツらが死んだ原因はアタシのせい。アタシを抜いてしまったせい』
「っ!?」
それは悲痛な答えだった。
確かにティルを抜いて力を得なければ、勇者パーティーには入ることもなかっただろう。そして、その結果死に至ることもなかったかもしれない。
それでも、それが全ての原因だとは思えなかった。
「ティル、それは違う!」
『何が違うの! どう違うの!? 実際にアイツらは死んでしまった……アタシが魔剣と呼ばれる本当の理由は、持ち手を必ず死に追いやるからよ。前にアンタに説明したのは真っ赤なウソ! アタシが……アタシが、アイツらを……』
言葉ではなく、ティルの感情の奔流が俺の反論を飲み込んでいく。
『きっとアタシを恨んでいるわ。あんな魔剣、抜かなきゃよかったって!』
でも、ここで肯定する訳には絶対いかない。だから精一杯叫ぶ。
「じゃあ、ティル! 死ぬ間際にキミを責めた人は一人でもいたか!?」
『っ!? それは……』
これは賭けだった。俺はマリクをはじめ、歴代のティルの使い手たちがどんな人間だったかを一切知らない。それでも信じたかった――世界をも救った勇者一向の魔法使いが、彼女と旅を共にして恨みなんて持つはずがないと。
そして、その想像はどうやら正解だったようだ。
「その反応だといないよな? みんなキミに感謝していたんじゃないか?」
『……えぇ、そうよ。揃いもそろってこんな魔剣に。本当に、バカばっかりだったわ』
「だったら分かるだろう? みんなキミに会えて幸せだったんだ」
『……』
だけど、ティルの気持ちも分かる。自分を大切にしてくれた人が揃って戦死していたとあらば、不安にもなるだろう。だったら――。
「ティル、キミに約束しよう」
『……え?』
俺はティルを真横に傾けると、その刃を両手でグッと握り込む。瞬間、血が指の関節から吹き出し激しい痛みが体を襲った。これは後でサーニャに怒られそうだなぁと思いつつも、今はそれより大事なことがある。
「このバルディゴで誓う。フリッツ・クーベルは絶対に戦死しない」
バルディゴの誓いを以って、約束に信憑性をもたせる。どれほどの効果があるか分からないが、頼むからティルを泣かせない結末を用意してくれると助かる。
それが俺を助けてくれた、彼女に対する精一杯の恩返しだ。
「前に教えてくれたよな、ティル。これは儀式魔法だって。だったらこれで大丈夫だ! 後は平和な世界でティルが暮らせるように勇者を探しにいこう!」
『ほんと……アンタもアイツらに負けないくらい大バカよ』
そう言うティルの声は呆れた感じだったけど、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうでもあった。こうして何とか彼女を説得することに成功し、長らく滞在したバルディゴから勇者を探すため旅立つことが決定したのだった。
このあとめちゃくちゃサーニャに怒られた。
とまあ冗談は置いときまして、新章に移るにあたりしばらく夏休みを満喫していました。
更新が遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした。
また前回初めてレビューを頂きました! とても励みになります、有難うございます!
もうレビューくれた人に足向けて眠れないですね!(方角わからないけど)
またいつも読んで頂いてる方、ブックマークして頂いている方、評価して下さっている方有難うございます!




