バルディゴの休日 その1
魔獣討伐の祝宴翌日から、しばらくは穏やかな日々が流れていた。
というのも……。
「国を救った英雄なんだ。拠点くらいは欲しいだろう」
そう言って、何と王が個人で使える家を用意してくれたのだ。
サーニャもいることだし、いつまでもギルド寄宿舎で寝泊まりする訳にはいかない――そんな風に考えていたところだったので、これにはとても助かった。
そんな訳で、与えられた家で数日はのんびり過ごしていたのだが……。
「はぁ……」
幸か不幸か、大魔導士マリクの後継者となってしまったのだ。いつまでもこんな安寧の日々が続くとは限らない。世界はいま魔王という見えない恐怖におびえながらも、偽りの平和を謳歌しているに過ぎないのだ。
「どうしましたか、フリッツさん? ため息なんかついて」
「いや、いつまでこの平和が続くのかなーと思って」
心配してくれたサーニャに答えつつも、彼女が用意してくれた朝食を頂く。
ペスタの村にいる時も作ってもらっていたのだが、サーニャの料理はとても素朴で安心できる味なのだ。まるで母親が作ってくれた料理のような安心感がある。
あぁ、今日もおいしい。
「そうですね……あ、そうだ! さきほどミケルさんが来られまして、ギルドの件のお礼にってお野菜をたくさん頂いてしまいました。そのお野菜を使って今日のサラダ作ってみたんですが、どうでしょう?」
「うん、サーニャの料理はいつもおいしい。毎日作ってもらいたいくらいだよ」
「ま、毎日ですか!? それは……その、わたしがもうちょっと大人になってからというか、ええと……」
「ん? 慌ててどうしたの?」
「いえいえいえ! 何でもありません……うぅ、わたしの勘違いかぁ……」
「?」
どこか恥ずかしそうにうなだれるサーニャを不思議に思いつつ、時間を確認する。あともう少しでエレノアが稽古をつけに来てくれる時間だった。
急いで残りの朝食を平らげていると、ちょうど玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ、エレノアさん来られましたね」
そう言ってぱたぱたと玄関に向かうサーニャ。さて、俺も準備をしないとな。
「アンタ、サーニャを泣かせたら承知しないわよ」
部屋に準備に戻ろうと立ったところで、いつの間にか後ろに立っていたティルに話しかけられる。今日は魔力に余裕があるのか、いつもより大人びた姿だ。
「え、どういう意味?」
「はぁ……。自分の言ったことの意味を、本当に考えてないのね。毎日料理が食べたいって、結婚してくれって言ってるようなもんでしょ?」
「うぇ!? い、いや、俺は別にそんなつもりで言った訳じゃ……」
だいたい俺とサーニャじゃ釣り合わないし、きっと相手にしてもらえないだろう。
いや、そもそもちょっと年齢差あるし、将来のパートナーというよりは妹のような……いや、でも決して惹かれる部分がないという訳でもなく……。
「アンタ、将来刺されるわよ?」
「えぇ、何で!?」
そんなバカみたいなやり取りをしつつも、俺は準備を済ませてエレノアを迎えに玄関へと向かうのであった。
※
「おはようフリッツ。ティル殿もおはようございます」
玄関を開けると、そこには稽古着に身を包んだエレノアがいた。地味な色の服ではあるが、彼女が着ると絵になるから不思議なものだ。
「おはようエレノア。毎日悪いね」
「エレノア、毎日こんな冴えないアタシの持ち主の相手をさせて悪いわね」
「いえ、私の命を救ってくれたフリッツの為です。この程度のことは恩返しにもなりません」
「……アンタ、エレノアを泣かせたら承知しないわよ」
「今度はエレノア!?」
彼女に関しては、本当に魔獣討伐の時の怪我に責任を感じているだけ……のはず。
「ははっ、フリッツとティル殿は今日も仲が良いな。うらやましい」
俺達のやり取りを見ながらエレノアが笑う。これは仲が良いっていうのだろうか? ただ単にからかわれているだけのような気がするが。
「そう言えばペスタに向かっていた遣いが、今朝がた戻ってきたぞ。タイガたちは村に残るそうだ。村長殿から手紙を預かってきたから、サーニャ殿に渡しておいたぞ」
「そっか」
タイガたちがきちんと村を守っているか不安だったけど、余計な心配だったようだ。祝宴の時にバルディゴ王から少し話を聞いたが、あれで結構義理人情を大切にする人物らしい。
「で、どうする? さっそく稽古を始めるか?」
「あぁ、そうしよう」
そのまま俺とエレノアは庭の一角に移動し、お互い向かい合う。さすがに稽古でティルは使えないので、戦士団から借りた演舞用の剣で打ち合う。
はじめはかなり手加減したエレノア相手でも10秒ともたなかったが、最近では1分くらいなら打ち合えるようになってきた。
それもこれも、毎日熱心に教えてくれる彼女のおかげだろう。
「だいぶ良くなってきたぞ。飲み込みも悪くない。案外剣士もいけるんじゃないか?」
「良くなってきたのは先生が良いからだし、飲み込みが悪くないのはクレストの戦い方を見たことがあったからじゃないか?」
「そうか、フリッツは色んな冒険者ギルドに帯同してたのだったな。なら、これは見たことがあるか?」
そう言うとエレノアは、魔獣と戦った際に見せた構えを取った。
そして、次の瞬間――。
「おわっ!?」
鋭き突きが放たれ、一瞬のうちに持っていた剣が弾かれ明後日の方向に吹っ飛んでいった。これまでも鋭い攻撃だったが、今の一撃はさらに強烈だった。
「ま、参った」
「ふふ、さすがにこれは防げなかったか」
「さっきのって、今まで教えてもらったバルディゴ流じゃないよね? 魔獣戦の時もその攻撃を使ってたけど、どこの流派なんだ?」
「これは私の母国、マリアガーデンに伝わる剣技だ。突きと薙ぎをメインにした流派で、力で相手を押していくバルディゴ流と戦い方は異なってくるな」
「エレノアって、マリアガーデン出身だったのか!」
マリアガーデンはバルディゴより遥か東にある女性中心の国家で、国王をはじめ国の人口のほとんどが女性である。兵士なども女性で構成されており、その強さは普通の国の騎士団と比べてもまったく遜色ない強さを誇るという。
別に男性が入ってはいけないというルールはないが、少し肩身は狭そうではある。
「さすがのお前も、マリアガーデンには行ったことはなかったか」
「うん、たぶん北大陸で唯一行ったことのない国だ。ギルドにくるマリアガーデン絡み依頼も、女性冒険者が優先的に回されるし。まあ、行ってみたい冒険者は多いみたいだけど」
なんせ女性が大多数を占める国家だ。男性冒険者は興味津々といった感じだった。
「そこまで期待されると、夢を打ち砕かれるかもしれんな。まあ良いところではあるし、フリッツも機会があれば招待しよう。我が国の女王様は武勇に優れた方でな。お前の武勇伝でも聞かせてやってくれないか?」
「うえっ!? それは勘弁……」
「ははっ、冗談だ」
言いながらエレノアは、舌をペロッと出した。普段は凛としていて近寄りづらさすら感じる彼女だが、こうしていると年相応の女性に見える。
「そうだ、エレノア。この後もし暇だったら食事にでもいかない?」
それは何気ない提案だった。こうして毎朝剣の稽古に付き合ってもらってるし、貴重な時間を割いてもらっているお礼がしたいと思ったのだが、
「しょ、食事!? い、今からか?」
「ん? うん、そうだけど」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
何故だかとても慌てた様子のエレノア。あれ、何か変なこと言っただろうか?
「待て待て待て、落ち着け私。これは単なる食事だ。そう食事。それ以外の何物でもない……」
「おーいエレノア、大丈夫?」
「ひゃわいっ! あ、あぁ、大丈夫だ。食事だな、食事。でも稽古が終わったばかりでちょっと汗臭いな……」
「あっ、それならうちでシャワー浴びていけばいいよ」
「シャ、シャワーを浴びていく!? そ、それは体を綺麗にしておけってそういうことか!?」
「……えっと、うん。汗を流したいんだよね?」
「い、いやしかし……モノには順序というものがあってな。食事に行った後にシャワーを浴びるのが、私の知っている順番であってだな……いや、そもそも初めてでシャワーというか、そういうことはまだ早いと思うんだが!?」
な、なんだろう……話がとてもかみ合ってない気がする。でもこんなに慌ててるエレノアは初めて見るし、なんだか面白いからこのままでもいいような気はする。
「とりあえずサーニャとティルも呼んでくるから」
「しかも四人!? 四人でなのか!?」
「あぁ、うん……ダメ?」
「駄目ではないが……肉食系か? 肉食系なのかフリッツ!?」
「うん、まあ肉は大好きだけど」
「ああぁぁぁぁ……何ということだ」
何故か悶えるエレノアをとりあえず放置して、サーニャとティルを呼びに行く。
その後ティルに何やら小声で相談していたエレノアだったが、「それ、勘違いよ」と言われてさらに顔を真っ赤にしていた。一体何を勘違いしていたんだろう?
「エレノアって面白い子ね。大事にするのよ」
「ん? それはもちろん」
ティルに何やら意味深なことを言われたが、とりあえず稽古で消費した体力を回復させるべく俺たちは食事できるところがあるマーケットへと向かうのであった。
エレノアさん、壊れる。
とまあ冗談は置いといて久しぶりの日常回です。
次回も日常回がもうちょっとだけ続いてそれが終わると次の展開へ……という感じに考えております。
またいつものことながら読んで頂いた方、ブックマークして頂いた方、有難うございます!




