魔獣
その後も何度か魔物に襲われはしたものの、ティルのおかげで特に苦労することなく撃退することが出来た。予定通りエレノアの体力も温存出来ているし、このまま魔獣と遭遇するまで何事も無ければ――そう思い始めていた時だった。
少し開けた空間に出た俺たちは、異様な光景を目にすることになる。
「これは……卵、か?」
エレノアの言う通り、卵らしきものがそこら中に散らばっていた。何の卵かは不明だが、中には割れて孵化したと思われるものも多数存在した。
「嫌な予感がするな」
思えば、どうして俺たちは道中であんなにも魔物に襲われんだろうか?
この洞窟には、これまで何度も冒険者や討伐隊がきているはず。それにクレストの面々は、奥に潜む魔獣の元までたどり着いているのだ。
それなのに、残っている魔物の数があまりに多すぎる気がする。あまり考えたくはないが、この卵はもしかして――。
「どうする、割ってみるか?」
エレノアの問いに少し考えた後、俺は頷いた。これが魔物の卵であろうとなかろうと、少しでも危険性があるなら確認しなければならない。
そうして卵にヒビを入れて中を確認すると――。
「やっぱりか……」
悪い予感は的中するものだ。そこにはまだ小さな魔物がうごめいていた。
「この卵、全てがそうだっていうのか」
生物が繁殖するのは自然の摂理だが、魔獣が異なる種である魔物を生み出すなんて明らかに異常だ。それに、この異常なまでの繁殖力。この洞窟が繁殖に適しているのか、それとも奥にいる魔獣の繁殖力が単に高いのか。
あるいは、その両方か。
「これは早急に手を打たねばならないようだな」
どこか焦りを含んだエレノアの言葉に頷く。
だが、どうすればいい? いっそのこと、この洞窟を以前のダンジョンみたいに斬り飛ばすことば出来ないだろうか?
そんな考えが頭をよぎり、ティルに相談するべく人間の姿になってもらう。
「……と言う訳で、どうかなティル?」
「ムリ、魔力が足りない」
「そっか……って、いやいや。魔力ならいくらでも生成できるって!」
「そういうことじゃなくて、アンタは出力が足りないのよ」
「出力……?」
「アンタが最初にダンジョンを斬り飛ばした時の威力を100とすると、今は全力でも20の威力しか出せないってことよ」
「それって、どうしてなんですか?」
隣で話を聞いていたサーニャが、不思議そうに首を傾げた。
「それはね、サーニャ。単にフリッツの魔法使いとしてのレベルが低いからよ」
「うぐっ!」
そんなにはっきり言わなくても……いやまあ、その通りなんだけどさ。
「ま、別にフリッツに限った話じゃないわ。ニンゲンっていうのは、どこかで力をセーブしてるってだけ。ただの魔法使いなら、20の威力を出し続けることすら出来ない。アンタは素質はあるけど、体が勝手にセーブをかけてるパターンね」
なるほど、サーニャが質問してくれたおかげで理屈は分かった。
俺は並みの魔法使いと違い20の威力を連続で放てるが、大魔導士マリクのように100の威力は出せない。でも、そうなってくると――。
「威力が20で頭打ちって、魔獣に通用するのか?」
ここがかなり重要になってくる。もし通用しなかったら、ここまで来たのは完全に無駄足だ。今さらそれは勘弁してほしいところだけど……。
「大丈夫よ。その為に直接吸ったんだから」
「直接……あっ!」
言われて気付く。馬車の中で魔力が足りないって言ってキスしたのは、その為だったのか!
「あの方法をとれば、威力が増すってこと?」
「40くらいは出せるんじゃないかしら? アタシの経験から言えば、40もあれば魔獣でもどうにかなるでしょう」
「良かった……」
「ま、当てられるかはアンタ次第だけどね」
「はい……」
最後にしっかり釘を刺され、黙って頷くしかなかった。
そんな俺を見てサーニャとエレノアが笑いを漏らす。ま、魔獣戦を前に少しでも緊張がほぐせたならそれでよかったかな?
魔獣の卵を破壊しながらさらに奥へと進み、ついに俺たちは魔獣の姿を捕捉した。
体長は人間の大人5人分くらいの大きさがあり、見るからに強靭な肉体と鋭い爪牙を持っていた。まさに魔獣というのにふさわしい姿だ。
そしてかなり距離は離れているのに、その鋭い目は俺たちをしっかり捉えている。
「さすがに魔獣ともなると、不意打ちは出来んか。フリッツ、お前の斬撃をここから当てられそうか?」
「飛ばせはするだろうけど、避けられるだろうね」
魔獣の動きはかなり俊敏だと聞いたことがある。ティルの斬撃が遅い訳ではないが、至近距離でなければ当てるのは難しいだろう。本当は気付かれる前にもっと接近したかったけど、あのクラスの敵になると索敵能力もかなり高い。
「出来るだけ距離を詰めたいところだけど……」
今でこそ魔獣はこちらを見つめ威嚇してくるだけだが、これ以上近づこうものなら直ぐにでも飛び掛かってくるだろう。近づくには覚悟が必要だ。
「なるほど。つまり、予定通りと言う訳か」
「本当にやるの?」
当初立てていた作戦としては、エレノアが囮として魔獣を引きつけ、無防備となったところを俺が斬りかかるというもの。
本音を言えば、この作戦は使いたくなかった。囮側の負担が大き過ぎるからだ。だけど他に代案はないし、何より――。
「これが一番確実な方法だ。お前だって理解しているだろう?」
エレノアはこういう状況では絶対に引かない。そこまで長い付き合いではないが、彼女のそういう芯のある部分はとても尊敬していた。
「分かった。それでいこう」
だからその意思を尊重する為にも、絶対に彼女を危険に晒さないと心に誓った。
「いくぞ!」
短い合図とともにエレノアが飛び出す。瞬間、魔獣も迎撃態勢に入った。これ以上近づくのは難しいという読みは、どうやら当たっていたようだ。
エレノアは腰に下げていた細身の長剣――パラッシュを構えると、すさまじい速さで一気に距離を詰めていった。いくら軽装とはいえ、この速度を出せるのはさすがバルディゴの第一師団に属する強者だと改めて思う。
しかし厳密に言えば、彼女の戦闘スタイルは戦士でなく騎士だ。重量は戦士に比べて劣り、あの巨体を有する魔獣をどこまで引き付けられるか不安が大きかった。
しかし――。
「はぁっ!」
一閃。エレノアの斬撃は分厚い魔獣の皮膚を切り裂いた。だが深くは斬り込めなかったようで、すかさず魔獣はその鋭い爪で反撃に出た。
「ふっ!」
その攻撃もエレノアは真っ向から受けることなく、時には避け、時には剣でいなして凌いでいった。そして魔獣の行動に隙が出来ると、今度は鋭い突きを繰り出して剣の先を皮膚に突き立てた。
「すごい……まるで踊ってるみたいです」
岩陰から俺と一緒に戦況を見守っていたサーニャが、そんな風に呟いた。それを聞いて、エレノアはバルディゴで『真鍮の剣姫』と呼ばれていることを思い出した。
ひょっとしたら、このまま勝ててしまうんじゃないだろうか? 途中まではそう思ってしまう程、エレノア優勢の展開だった。
しかし時間が経つと徐々に体力の差が出始め、魔獣の方が押し返し始める。エレノアの攻撃も、致命的なダメージを与えるには至っていなかった。
まだ俺たちが潜む岩陰までは、もう少し距離がある。エレノアは汗をかきながらも必死に魔獣の攻撃をさばき、徐々に距離が詰まってくる。
あと少し……3、2、1、……ここだ!
「はああぁぁぁーーーっ!!」
俺は手に持ったティルに一気に魔力を込め、ちょうど岩陰に顔を出した魔獣の首元に斬りかかった。
そして――。
「グアアアァァァァァーーーーーッッ!!」
確かな手応えがあった。分厚い鋼のようだった魔獣の皮膚が切れ、その中の肉や骨あっさりと斬り裂いていく。そして遂に、首が胴から斬り離された。
「おぉっ!」
エレノアからも歓声があがる。
やったのか? 本当に魔獣を倒せたのか、この俺が? 一瞬不安が頭の中に過るも、斬り飛ばされた頭部が灰になって消えたことでようやく安心出来た。
「すごい、すごいですフリッツさん!」
背後からサーニャの喜びの声が聞こえ、正面にいるエレノアもこちらに喜びの視線を向けてきた。が、その時ピクリと魔獣の胴体が動いた気がした。
――待て、どうして首は灰になったのに体は残っている?
『フリッツ、まだ生きてる!』
ティルの声が聞こえたのと、俺の体が動いたのはほぼ同時だった。
見れば魔獣の胴体はその鋭い爪を今にもエレノアに突き立てようと振りかぶっている。ダメだ、今から呼びかけても間に合わない。
「くっ!」
全力で走りエレノアに手を伸ばす。頼む、間に合ってくれ!
その願いが届いたのか、俺の指先は思ったより華奢なエレノアの体を掴むことに成功する。そして自分の体が魔獣の攻撃の進路に入るよう、一気に彼女を抱きしめた。
「フリッツ!? 何を……」
「エレノ……がはっ!」
目の前には驚いたようなエレノアの顔。だが、それがみるみるうちに青ざめていく。そして俺の口から吐き出された血が、彼女の綺麗に整った顔が汚していく。
背中に激しい痛みが走る。自分で見ることは出来ないが、きっと魔獣の爪が深々と突き刺さっているのだろう。体の中に異物が入っているのがはっきりと分かった。
やがて体内から爪がずるり抜けていき、今まで抑えられていた血液が背中から一気に噴き出る。手足の感覚が、徐々に失われていく……。
「フリッツ……いや、いやあぁぁぁーーっ!」
エレノアが状況に気付き叫び声をあげたが、それすらどこか遠くから聞こえてくるように感じる。いけない、このままだと意識を失ってしまう。
ダメだ、ここで倒れるわけにはいかない。
全身から力が抜けていくのをなんとかこらえ、手と足だけに意識を集中する。息を吐くにも体に穴が空いているので、こひゅーこひゅーと掠れたものしか出てこない。
いま爪が抜けたということは、魔獣はまだ後ろにいるはずだ。ならば俺のするべきことは、全精力をもって後ろに斬りかかる。ただそれだけだ。
死んでもいい。ここにいるみんなを守れるなら。
(だから今の俺に出せる全力の力を、貸してくれティル)
声なき声で握る魔剣に意志を伝え、振り向きざまに全力で斬撃を放った。
「っ、らあああああぁぁぁぁーーーー!!」
倒したかどうかは、確認する必要もなかった。その瞬間、間違いなく一匹の魔獣がこの世から完全に消滅したのだ。
そして、そこで俺の意識は完全に途絶えた。
次回、フリッツ死す!? デュエルスタンバイ!
……っていう冗談は置いといてもどうなる次回!?
あと個人的なことで恐縮ではありますが体調を少し崩しまして
もしかしたら更新頻度が遅くなるかもしれません。ご了承くださいませ。




