北西の洞窟
翌日、俺はエレノアとサーニャを伴って魔獣が巣食っているという北西の洞窟まで馬車をとばしていた。
その洞窟は隣国ブレーメンに続くもので、交易の要ともなる場所だ。つまり魔獣を倒さない限り、交易路が完全に封鎖された状態になってしまう。
「バルディゴはブレーメンに武器や防具などを輸出している。これによる利益が結構なものでな。有ると無しでは国庫の状況がずいぶん変わってくる」
「重要な商売相手ってことだね」
「あぁ。対してブレーメンからは、毎年結構な数の冒険者がこちらに流れてくる。あそこは先代勇者が最初に立ち寄ったことで有名だからな。それにあやかろうとしているのか、ブレーメンから旅に出る冒険者が多いんだ」
洞窟に着くまでの間、エレノアが国の事情などもあわせて色々と説明してくれる。
つまり今回の魔獣討伐はバルディゴだけでなく、隣国ブレーメンとの関係にも関わってくる重要な任務という訳だ。
「そういえば、次代の勇者ってまだ見つかってないんだっけ」
「あぁ。数年前の世界会議から各国が協力して勇者様の捜索に当たってはいるらしいが、未だに見つかってはいないらしい」
「魔王生まれしとき、勇者もまた生を受けんっていうのが世界の常識だからね。きっとどこかにはいるんだろうけど……」
最近は各地で物騒な事件が起こっていると聞く。はやく次代の勇者が見つからないと、この世界もまた争乱の時代になってしまうのかもしれない。
そんなことを考えていると……。
『アンタ、ずいぶんと他人事ね』
腰に下げたティルから、呆れたような声が聞こえた。どういう意味か聞こうとすると、剣がいつものように発光し少女の姿になった。
「アンタも大魔導士マリクの後継者なのだから、この世界の運命をかけて戦うことになるってことよ」
何でもないことのように言われるが、それってつまり――。
「俺も勇者パーティーに入る可能性があるってこと?」
「可能性ではなく、入るのよ」
あっけらかんと言ってのけるティル。
いやいや、待って欲しい。確かに後継者には選ばれたけど、魔法も使えず何の実績もない俺が勇者パーティーに入れるわけないじゃないか。
「なるほど。確かにマリク様の後継者となれば、勇者パーティーに加わるのは必然」
「すごいですフリッツさん! あっ……フリッツ様の方がいいですかね」
しかし、何故かエレノアとサーニャはティルの話を素直に受け取ってしまった。
「サーニャ、とりあえずフリッツ様だけはやめて。エレノアもそんな話を真に受けない。で、ティルはいい加減なこと言わない」
「いい加減なことじゃないわよ。それよりフリッツ、魔力が足りないわ。ん……」
特に悪びれた様子もなく、ティルは何故かその薄紅色の唇を突き出してくる。
え、なに、どうしろと? なんとなく悪い予感はするんだけど……。
サーニャとエレノアが興味深げにこちらを見ているが、今はそれどころではない。ティルがさっきより距離を詰めて、唇を近づけてきてるのだから。
ここはあくまで冷静に――。
「あぁ、もうじれったい! んっ……!」
「むぐっ!」
と思っていたら、いきなり頭をつかまれて真正面から吸い付くように口づけをされてしまう。そして魔力を絞りつくさんとばかり、口内に舌が侵入してくる。
横目で他二人の女性陣を確認すると、サーニャは両手で顔を覆いつつも指の間からしっかりこっちを見ていた。エレノアに至っては、冷たい視線をこちらに向けながら額には青筋がたっている。
――あ、これはひょっとしなくてもまずいやつだ。
「ん……ちゅっ、じゅる……ちゅるるぅぅ……」
「むーむーむー! むぐっ……」
そうして(傍から見る分には)あまりにも濃厚な口づけの末、俺の体内にある酸素は徐々に減っていき、ついに――あ、もう無理。
「きゃあっ、フリッツさん!」
最後に聞こえたのは、そんなサーニャの短い悲鳴だった。
「……リッツ。おいフリッツ、起きろ!」
「……はっ!」
「ようやく起きたか。そろそろ洞窟に着くぞ」
エレノアに起こされ目を覚ますと、ちょうど馬車が洞窟に着いたところだった。
「サーニャ殿に礼を言うんだな。お前が倒れてから、ずっとその調子だぞ」
「え……」
何のことか聞こうとして、ちょうど俺の真上にサーニャの顔があることに気付く。そして頭の下には何やらふにふにとした柔らかい感触が――。
「おはようございますフリッツさん。その……頭の下が板だと少し痛いと思いましたので、差し出がましいですがわたしの膝をおいておきました」
「ご、ごめん!」
慌てて飛び起きサーニャに謝る。どれだけ気を失っていたのかは分からないが、しばらく膝枕をさせてしまった。きっと足も痺れただろうに。
「いえ、フリッツさんのお役に立てたのなら……。それより、大丈夫ですか? その……ずいぶんと長いキ、キキ、キスをされていたので……」
「あ、いや、それは、あの」
ティルに詳しい説明をさせようと辺りを伺うが、既に剣の姿に戻り荷台に立てかけられていた。せめて説明してから元に戻れってくれよと思ったが、時すでに遅し。
信じてもらえるかはわからないけど、仕方なく自分の口で説明することにした。
「えっと、ティルは魔力が必要になると、俺の口から直接吸収しようとするんだ。だからその……深い意味はないんだ、うん」
「つ、つまり、フリッツさんとティルさんは頻繁にああいうことをされているってことですか?」
しまった、そういうことになるのか!? いやでもまだ二回だけだし、きっとセーフ。自分でも何がセーフなのか分からないけど。
「フリッツ、あまりしゃべると墓穴を掘るぞ」
「だーかーらー違うんだって!」
冷え切ったエレノアの言葉に何とか反論しようと、俺の魂の叫びが狭い馬車内に響き渡るのだった。
「さて、ここからは気を引き締めていこう」
ひと悶着はあったが、洞窟の入り口で改めて気合を入れ直す。ここから先は魔獣の巣窟だ。一瞬の隙が命取りになってしまう。
昨日帰ってきたクレストの話によると、洞窟内には魔獣の他にも多くの魔物が生息し、魔獣の住処まで行くのにかなり苦戦を強いられたとのことだった。
洞窟内に足を踏み入れると、その証言を裏付けるよう各所に戦いの痕跡が残っていた。きっとここで調査団やクレストの連中が戦闘を行ったのだろう。
周囲の様子をうかがいならも、奥へ奥へと足を進める。やがて地図で赤い印が打たれた場所まで着くと、先頭を歩いていたエレノアが足を止めた。
「……フリッツ、あれを見てみろ」
「あれは……」
視線の先に、獲物を探して徘徊する二匹の魔物を確認する。
一匹はウォーウルフと言って、通常の狼が魔力を与えられたことによって変異した魔物だ。そして、もう一匹はデッドウォーカー。八足で這いまわるクモのような見た目の悪魔で、猛毒を持つ牙で噛まれると痛みでのたうち回ることになる。
どちらも、かなりやっかいな魔物だ。
「例の魔獣が目撃されたのはあの奥だ。ここからどう動く?」
エレノアが止めてくれたおかげで、幸い向こうにはまだ気付かれていない。それならここは、不意を突いて一気に倒してしまった方がいいだろう。
「ティル、いけそうかな?」
俺は魔剣を構え、息を一つ吐くとティルに呼びかける。
『あの程度なら全然問題ないわ』
「よし!」
確認が取れたところで一気に剣を振り下ろした。瞬間、魔力で形成された斬撃が飛び、魔物たちが気づいたころには眼前にそれは迫っていた。
そして――。
ザシュッという音とともに、二匹の魔物は一刀両断された。切断面からは紫の血が飛び散り、やがて体は灰となって消滅した。
「驚いた……。あのクラスの魔物を、こう容易く倒してしまうとは。どう協力して攻めたものか聞いたんだが、その必要はなかったみたいだな」
エレノアにしては珍しく、本当に驚いた顔をしている。まあ以前は下位の魔物すら、一人ではどうにもならなかったのだ。そう思われても仕方ない。
「でも、こんなところで躓いてると話にならない。エレノアにはかなり負担をかけることになるし、今はできるだけ体力温存しておいて欲しいんだ」
「そうか……。だが、無理はするな。あくまでこの作戦の要はフリッツ、お前なのだからな」
そんな風にお互いの役割を確認していると、さっきまで息を潜めて黙り込んでいたサーニャがやってきてこう言い放った。
「も、もしお二人が怪我をしても、絶対わたしが治してみせます!」
そんな彼女の一言に、俺もエレノアも思わず笑みが漏れる。
うん、大丈夫だ。俺たちならやれる――そう自分を奮い立たせ、魔獣が潜んでいるさらに先へと足を進めるのだった。
おかしい、VS魔獣を書こうとしていたはずが何故かキスシーンを書いていた。
何を言っているか分からねぇと思うが、俺も(ry
はい、申し訳ありませんでした。魔獣は次回か次々回になりそうです。
そんなことより初めて感想をもらいました! あまりの嬉しさにのたうち回っております!
これからも感想もらえるようにがんばるぞい!
そして今回も読んで頂いた方、ブックマークして頂いた方、評価して頂いた方、有難うございます!




