第8話 善と悪・2
男は鎖を引き、先ほどとは違う、部屋の奥にある階段を上った。
私も後に続く。
階段の先は廊下になっていて、その突き当りの扉が外へと繋がっていた。どうやら酒場の裏手のようだ。そこには空気穴がいくつか開けられた大きい箱が3つと、それを運ぶためであろう台車があった。
男はその箱にそれぞれ子供を入れて蓋をし、鍵をかけた。子供たちは抵抗もしないし声を出したりもしない。
私が連れている子供も同様に箱に入れるように目で促されたので、子供を抱きかかえて箱にそっと入れた。軽い。この子も抵抗もしないし、何も言わない。私を見ることもない。
私の手が、震えている。
「これをここに運んでくれ。馬車が来るからそれに箱ごと乗せろ。馬車の御者に鍵を渡し、受領書をもらってまたここへ戻ってこい。そうしたら依頼は終わりだ」
「……分かりました」
男から地図と、箱の鍵を受け取る。場所はここからほど近い倉庫街の一角だった。
台車を押し、指定の場所へ向かう。
私の他にはこの子たちだけで誰もいない。
この子たちがこの後どこへ行き、どうなるのかは分からないけれど、おそらく明るい未来は待っていない。
今なら、逃がせる。
でも逃がしたところでどうなる?
私がこの子たちの面倒を見るわけにもいかない。そもそもあの男にとって大事な商品であろう子供たちを私の独断で逃がせば、私の身が危うくなるのは確実だ。私が何者かはあの男にも、ギルドにも知れていること。
そう、私はただ黙ってこの"荷物"を指定された場所に運ぶことしかできない。
なぜあの男は私に"箱の中身"を見せたんだ。抵抗もしないし声も出さないこの子たちを初めから箱に入れておいてくれれば、私はただこの箱を荷物として認識できたのに。
指定された場所への最短距離を歩く。この辺りは路地裏、という言葉がぴったりで人通りもなく、薄暗い。
早くこの依頼を終わらせたい。そう思って少し速度を速めたその時。
視界を一瞬何かが横切った。
反射的にしゃがみこむ。先ほど自分の頭があった場所を、何かが通り過ぎたような音がした。
慌てて上体を起こし、周りを見渡す。
少し先に人が1人、立っていた。
黒い髪に黒い犬のような耳と尻尾を持った獣人の少年。見た感じ私より少し幼いくらいだろうか。私に避けられたことでなのか、ひどく狼狽している。手には長い棒を持っていた。
私も正直狼狽している。戦闘訓練は父によくしてもらっていたが、それがこんな形で身を結ぶとは。
おそらく今の状況的に、この獣人の少年に奇襲をかけられたと思っていい。
今にも再び襲いかかってきそうな雰囲気だ。
「この子たちを、助けにきたの?」
私が聞くと少年は一瞬目を見開いて、険しい顔をした。
「そうだ、そいつらを渡してもらおうか!」
少年の声が聞こえたのか、箱の中に入れられた子供たちが一斉に動き出した。
「兄ちゃん! 兄ちゃんなの!?」
「兄ちゃん! 助けて!!」
「兄ちゃん!!」
箱は頑丈で鍵もかけられているので中から出ることはできない。
しかしこのままこの子たちに騒がれたらやばい。
「静かにして! どうなってもいいのか!!」
焦りから咄嗟に自分でも驚くほど下衆な言葉が出る。
それを聞いて子供たちは静かになった。
「今からこの子たちを指定された場所へ連れて行き、馬車へ乗せる。助けたいのならその後にしてもらおうか。今僕の邪魔をするというのなら、容赦はできない」
もう完全に悪党。
それは自分でも分かっている。
でも私だって依頼の達成を妨げられるわけにはいかない。奇襲を受けて荷物を奪われました、なんて言い訳をしたところで許されるわけもないだろうから。
「馬車には護衛もついてる。今やらなきゃもうやれないんだ!! 力ずくでもやってやる!!」
そう叫びながら、少年が棒を振りかぶってこちらへと走ってきた。




