第77話 下山
目が覚めた。
戻って来れたのか。
相変わらず視界はぼやけていたが、ここが横穴であることは分かる。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。確か任務が始まって2~3時間くらいの時の出来事だったはず。
今はもう終わりに近いのか、それともまだそんなに経っていないのか。
「ぐっ……あ……」
少し体を動かした瞬間、激痛が左の上半身を襲った。
痛みに身を捩ったつもりだったが、思うように体は動かなかった。
激しい痛みに、ぼやけた視界、暑いのか寒いのか分からないフワフワした感じに、これでもう安心なのだとはとても思えない。
痛み止めを打つ前と同じ状態な気がする。
私は今一体どうなっているのだろう。
「シエル……!」
誰かが私の名前を呼んだ。
目を開いてみると、誰かが自分を覗き込んでいるようだった。視界がぼやけて顔がよく見えないが、その声は聞き覚えがある。
「ニ、コラ……?」
「よかった、目が覚めて……」
ニコラの嬉しそうな声がする。
「どう……かな……。まだ、喜べる、状態じゃ……ない、気がする……」
痛みと息苦しさで上手く喋れない。
「でも出血は止まっているよ。後は下山して、傷を塞いでもらえば……。もうすぐ、任務時間も終わるから頑張って」
「セス、は……?」
きっと限界まで頑張ってくれたはずだ。
今はどんな状態だろうか。
「ここにいる。シエル、喋るなと……言ったはずだ。ニコラももう……話しかけないで」
苦しそうなセスの声が聞こえた。
ギリギリ意識が戻っている状態、そんな感じなのだろう。
「ニコラの、せいで……怒られた、じゃん……」
「ごめん」
何とか笑みを浮かべてニコラに冗談を振ると、ニコラも声に笑みを含ませて謝ってきた。
そこからは絶え間なく襲ってくる激しい痛みに意識が支配され、はっきりと覚えてはいない。
喋るなと言われていたのにどうしても痛みに声が抑え切れず呻いていたが、特に何も言われなかったとは思う。
任務の終わりの時間に、3班のメンバーや交代のため現れた4班の人たちが私の周りで何か言っていたけれど、何を言っていたのかあまり聞き取れなかった。
4班の治癒術師の人が痛み止めを打ってくれ、痛みが和らいだ一瞬で眠りに落ちたように思う。
「シエル、気づいたのか。もう大丈夫だ。戻ってきたからな」
目を開けるとガヴェインの声が聞こえた。
駐屯地に戻ってきたということだろうか。相変わらず視界がぼやけていてはっきり見えない。
「ニコラ、このままシエルを運ぶのを手伝ってくれ。レオン、セスを部屋に頼むな。他の者はいったん解散でいい」
セスも一緒に戻ってきているのか。よかった。
下山するの大変だっただろうな、後でみんなにお礼を言わないと。
「リベリオ、頼む、怪我人だ」
どこかの建物の、どこかの部屋に入るなりガヴェインがそう言った。
いかんせん周りがよく見えないので状況把握が難しい。
「……ちょっとそこに寝かせて」
若い男の人の声だった。
ガヴェインとニコラがリベリオと呼ばれた人の指示で私を担架からベッドへと移す。
ベッドに寝かされるとすぐに誰かが私の体に巻かれていた包帯を鋏で切っていった。
背中と胸の傷口を交互に確認しているようなのだが、体を動かされたり傷口付近に触れられたりしても痛み止めのお陰かあまり痛みを感じない。
「……あの半端者じゃ、ここまでが限界だったってことか」
半端者?
それはセスのことを言っているのか?
何なんだこの男。
「ヴィクトール隊長は解任要請を認めなかったそうだね。外れくじを引かされた君たちには同情するよ」
「解任要請……?」
その話を知らないニコラが疑問を口にする。
「口を慎めリベリオ!」
怒りを含めた声でガヴェインが声を張り上げた。
「よかったねぇ、生きてて。これで死んじゃったなんてなったら、あの半端者を3班に配属させ続けたヴィクトール隊長の責任問題にもなる」
ガヴェインの牽制を気にする様子もなく、飄々とリベリオが言う。
顔もよく見えないこの男の態度に、どうしようもない怒りが湧き上がってくるのを感じた。




