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第76話 死

「アイ……ゼン……ちが、う……君の……せいじゃ、ない……」


 何とか声を絞り出す。聞こえているだろうか。

 痛みできつく閉じていた目を開けてみた。残念ながら視界がぼやけて3人の顔は見えない。


 あぁ、もう本当に死ぬんだな。


「シエル……!」


「シエル喋らないで」


 セスが会話を遮るようにピシャリと言った。

 それと同時に腕に何かを注射される。痛み止めだろうか。

 でももう死ぬのなら、今言わなければもう言えなくなってしまう。


「セス……ぼく、は……」


 セスにも言いたい。


 あの問いの答えを。


 3班の治癒術師がセスで良かったと。


 残された最後の意識の中で、私はそう思うと。


「喋るな! 死にたいのか!」


 セスが強い口調で私に言う。

 そんな風に荒上げた声を私は初めて聞いた。


「しぬ、んでしょ……もう……」


「まだ助けられる可能性はある。助けたいんだ。だから喋らないでくれ。頼むから」


 そして今度は懇願するように言った。

 その可能性は低そうな言い方に聞こえるが、私は素直に黙ることにした。


「アイゼン、ニコラ、よく聞いてくれ。これを抜くのと同時に俺が治癒術をかける。限界まで神力を使ってもまだ出血が止まってなかったら、君たちで止血を試みてほしい。出血が止まれば助かるかもしれない」


 助かる"かもしれない"ということは出血が止まっても助からないかもしれないことを意味している。この怪我だもんな。自分でも分かる。

 しかし今から抜くのか、これを……。痛すぎるでしょ、それ……。


「限界までって……」


「俺はヒューマと違ってリミッターは外せないから気を失うだけだ。でも数時間は意識が戻らないし、戻ってもしばらく動けない。下山する時にはシエルを担架に乗せて俺はここに残して行って構わない。なるべく振動を与えないように気をつけて、すぐ駐屯地の治癒術師の元へ行ってくれ」


「分かった」


「止血の仕方と、その後の処置の仕方を教える」


 3人が私を助けるために色々とやってくれている。

 痛みが少し楽になってきたが息がひどく苦しい。


 早く、楽になりたい。


 でもそうなったらみんなは苦しむんだな、エレンと同じように。私を助けられなかったと、責めるんだろうな。


 私が死んだらみんな泣いてくれるのかな……。


 死ぬかもしれないのに不思議とあまり未練はない。なんでだろ。やりたいことをやりきったという訳でもないのに。


「ニコラ、そろそろやる。俺の合図で躊躇ためらわずに一気に抜いて。いいね?」


「う、うん」


 だいぶ痛みが楽になってきたころにセスが言った。


「シエルごめん、さっき打った痛み止めは麻酔とは違うからかなり痛むと思う。でも絶対に助けるから、辛いだろうけど耐えてくれ。ニコラいくよ、抜いて!」


 私の返事も待たずにグッと刃が引かれた。


 想像以上の痛みに体が大きく跳ねた気がしたけれど、実際にはどうだったのだろう。声の限りに叫んだ気がするのだけど、実際にはどうだったのだろう。


 そこから先は痛みしか記憶に残っていなかった。






 気づいたら、深い森の中にいた。


 死んだのか。

 今は痛みすら感じない。ここは死後の世界ということなんだろうか。


 結局セスに言葉を伝えることはできなかったな。

 私を助けられなかったあの3人は、自分を責めてしまうだろうか。

 あの時、セスの忠告に従ってすぐにリザードマンと距離を取っていれば。もしくは躊躇ためらわずに盾を作り出せていれば。そうしたら死なずに済んだかもしれない。


 後悔してももう遅いけど。自嘲的な笑みがこぼれた。


 さて、ここからどうすればいいのだろう。

 深い森の中を歩いてみるけれど、同じような景色で進んでいるのかすら分からない。

 なんだろう。私は以前、ここに来たことがある気がする。

 そうだ、初めてお酒を飲んで倒れた時にも夢でこんな森の中を歩いた。


 もしかしてあの時も実は死にかけてたとかそういうこと?


 そうだとしたら、今だって同じように目を覚ませる可能性があるんじゃなかろうか。

 あの時はどうしたんだっけ。確かひたすら森の中を歩いた気がする。歩いてみよう。戻れる可能性があるのなら。

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