第52話 規則・4
「最初から手を差し伸べれば助かる命を、後手に回した結果、失うことになるかもしれない。最初から逃げれば助かるはずの命を、規則だからと縛り付けた結果、失うことになるかもしれない。それでもこの討伐隊全体の公平を期すためには仕方がないという騎士団の考えも分かる」
「うん」
「君たちがすべてを承知の上でここにいるのも分かっている。それが全てだと言われれば、俺もここにいる以上従うしかない。それでも……治癒術師が俺だったせいで助けられなかったなんて、そんなことはあってはいけない。俺の治癒術は実用レベルではないと、ヴィクトールも分かっている。だからせめて戦闘を主体として参加したいと申し出たんだが、ダメだった。それならと、一度は断ったんだが、どうしてもと頼まれてね。譲歩した結果が、サポートだった」
セスが何を言わんとしているのかは、分かる。
私たち3班は、本職の治癒術師がいる他の班よりも命の危険が高いということだ。
だからこそセスは自身が戦闘を主体とすることでそれを補おうとした。しかしその許可は隊長からは出なかった。
隊長はそれを分かっている上で、それでも許可を出さなかった。
私たちが死んだとしても致し方ない。そういうことだ。先ほどガヴェインだってそれに近いことは言っていた。
「……言い方は悪いが、騎士団は高いランクポイント報酬や騎士団への登用を謳って、都合よく駒を集めているにすぎない。本来なら、ベリシア領土にあるデッドライン討伐は全て騎士団がやるべきなんだ。しかしデッドラインは閉じることがない。騎士団の人間を使っていては騎士団の人員が減っていくだけだ」
「つまり騎士団にとって僕たちは捨て駒ってことだね」
「…………」
セスは何も言わない。その沈黙はすなわち肯定と同意だ。
「でも他の班との公平性を規すためにはセスに主体として戦ってもらうわけにはいかない。だから騎士団はセスに"戦闘はサポートまで、あくまでも治癒術がメインで"としたんだね」
「それでも、現場では班長以外に騎士団の人間はいない。班長次第ではどうにでもなると思ったんだが……ガヴェインがあれだ。きっと監視のためにあえてそういう人間を3班につけたんだろう。この前の3班では、もう少し戦闘に参加していたのだが」
なるほどね。
ガヴェインは規則だの規約だのを重視する人間みたいだし、見えないところでも手を抜かないんだろう。めんどくさい人間だ。
「リザードマンが詠唱に反応することを、騎士団が把握していないわけはないんだ。分かっているのに狙われたら腕を犠牲にしてでも命を守れと、それしか言わない。だから俺は助言という形で無理やり口を出した。本当は、出てくる前に言えたらよかったんだけどね……」
「そっか、ありがとうセス」
「礼を言われるようなことじゃないさ」
そう言ってセスは悲しげに目を伏せ、お弁当の蓋を閉めた。結局セスは一口二口しか食べていない。
もう少しで砂時計の砂が落ち切る。
私とセスは残りの時間をただ静かに過ごした。
怪我を治してもらったので、残りの時間はニコラと交代して再び殲滅係に就いた。
セスはまだ少し呼吸が荒かったが、動きに支障が出るほどではなさそうだった。
それにしても任務2日目にしてなかなかの衝撃展開だ。みんなも思うところがあるのか口数は少ない。
しかしリザードマンには詠唱を必要とする術師は手を出さない、そう決まったのだから命の危険はかなり減ったはずだ。逆に早い段階でリザードマンへの対策が打ててよかったのかもしれない。
結局、この後もバジリスクが数匹出てきただけでこの日の任務は終わりを告げた。
前衛組に稽古をせがまれるセスのサイドストーリーを同時公開しております。
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興味のある方はぜひご覧ください。
今後も不定期に短編を公開予定です。