第4話 カデム
一週間以上お風呂に入れないなど考えられない。
いや、このファンタジー世界にお風呂があったというだけマシと考えるべきなのかもしれないが、里からシスタスに来るまでの2日間という日数ですら苦痛に感じたのに一週間以上だなんて。
「さすがに湯船に浸かってゆっくり、なんてのは無理だが、湯浴びくらい物陰に隠れていくらでもできる。でもなぁ……そんなこと気にしてたら旅なんてできないぞ?」
「それは……そうですね。すみません」
こういうところはやはり文化の違いを感じる。
慣れていかないと、とは思うがなかなか難しい。
そのまま依頼を受けることもなく私たちはギルドを出た。
受注と報告は同時にできるので、今あえて受注する必要もないんだそうだ。
とりあえずギルドとはこういう雰囲気だ、ということを父は伝えたかったらしい。
「出発する前にカデムを借りて行く」
「……カデム?」
隣を歩く父から発せられた聞きなれない単語に、私は首を捻った。
「騎乗用の動物だな。今回は荷物を持たせる目的として借りて行く」
「なるほど……」
里からシスタスに来る際に通った街道で、そういった動物に乗っている人を何人か目にした。
冒険者に飼われている動物なのかと思っていたが、レンタルもできるのか。便利だ。
厩舎、と言えばいいのだろうか、街の外れの方に動物のレンタル屋があった。
動物のレンタルだけではなく、ペットホテルも併設しているのだそうだ。確かに宿には連れて行けないだろうし、こういう所は冒険者には必須なことだろう。
「これがカデムだ」
そう言って父が指さした動物は、キリン柄の馬だった。
もうそれ以外に言葉が見つからない。まさしくキリンを馬にしましたという感じだ。街道でも一番よく目にした動物かもしれない。
「可愛いですね」
人に慣れているのか、近づくとスリスリと顔を擦り付けて来た。
顔を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて、より一層可愛らしい。
結局、その時に見たカデムを借りて、私たちはシスタスの街を後にした。
カデムのレンタル料は1日銀貨8枚。
この世界の通貨はすべて硬貨で、一番最少単位が銅貨。銅貨が10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で白金貨1枚。
日本円に換算すると金貨1枚=1万円くらいだと思うので、カデムは1日8千円というわけだ。
何だかレンタカーみたいだな。
「息が苦しい……」
フィンキーがいるという森に足を踏み入れてすぐ、空気が薄くなったような感覚を覚えた。
ここに至るまで丸1日くらい経過しただろうか。
若者は走れ、という謎の教訓により、騎乗する父をひたすら小走りで追いかけていたせいなのかと思ったが、どうもそういう感じではない。
「ここは魔力濃度が高いからな。俺たちエルフには少し辛いところだ」
「なるほど……」
同じく苦しそうに息を吐く父の言葉に納得する。
魔力。それは我々エルフには備わっていないものだ。
神属性か魔属性。
生きとし生けるものは全てどちらかの属性を持っており、神属性に属するものは神力を有し、魔属性に属するものは魔力を有する。
この2つの力は本質は同じだが性質が異なり、どちらの力でもできるものもあれば、どちらかの力でしかできないこともある。ほぼ均等に空気中に存在しており、一定量を取り込み体内を循環してから、一定量を放出しているという、酸素のような血液のような、不思議な存在だ。
ここのように濃度が片寄っている場所では、神属性である我々エルフは取り込める神力量が減ってしまい、息苦しさを感じるというわけか。
「ここに一週間もこもるとか正気ですか……」
すがるような思いで横にいる父を見た瞬間、こちらに向かってきている巨大な蛾の大群が視界に入った。