第282話 クルスの調べ
ピィィィ――……と、突然この場にそぐわないような口笛の音が響いた。
疑問に思う間もなく、それに一瞬遅れて胸の辺りで何かがパリンと割れた。
おそらく、セスにもらった黄色い宝石のペンダントだ。
「え……?」
事態に理解が及ばず、驚きに目を開くと目の前に光の槍があった。
聖なる槍。
そう形容するのが相応しいような神々しい光の槍だった。
宙に浮いたその槍の切っ先は、私に向けられている。だが、それを前にしても私の体は動かなかった。
「ミランダ逃げろ! 巻き込まれる!!」
これは一体何で、なぜ切っ先が私に向かっているのか。という疑問は焦ったようなローランスの言葉に掻き消された。
それとほぼ同時にその槍は私を貫き、粒子となって消えていく。
何の感触も、なかった。
「きゃああああああ!!」
背後から悲鳴が聞こえた。
振り返るとミランダと呼ばれたローレンスの従者が溶けていた。蝋燭が溶けていくように、どろどろと。
「クルスの調べ……。まさか、まさかシエルに扉を持たせていたなんて……!」
ローレンスが焦ったように言う。
しかし私にはその言葉の意味が分からなかった。
ヨハンも同様なのだろう。驚愕の表情で私を見つめている。
セスは、セスだけは痛みを耐えるような表情で、私から顔を背けるように足元の方を見つめていた。
「な、に……が……?」
なぜか急に力が入らなくなって、持っていた剣を取り落とした。
見ると、体が砂になってしまったかのように指先からさらさらと崩れていっている。
「ミハイルはセスがシエルに扉を渡すのを視ていなかったのか! ははっ……これは傑作だ!!」
「うっ……ぐ……っ」
笑いながら、ローレンスがセスの足から剣を引き抜く。
散っていく鮮血を目に焼き付けながら、私の体は崩れ落ちた。
体に力が入らない。
もう肘の辺りまで、砂のように崩れている。足の方からも崩れてきているようだった。
痛みはない。苦しくもない。
「っく……ユイ……っ」
セスが私の名を呼んだ。
まだ動かせる顔をセスの方に向けると、今にも泣き出しそうな顔で私を見つめていた。
「……君は、死ぬ……。俺が……殺した。自死なんてさせない……。それをさせるくらいなら……俺がその命を貰う……っ!」
そう言って強く閉じたセスの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「……セス……」
あのペンダントを持っている人間を殺す、という術なのだろうか。だとしたら、そんなものの存在など聞かされてなかったし、それが目に見える愛だというのも恐ろしい。
でもそうすることで、私の魂を救ってくれたのか。
なんともセスらしいと思った。
「君を……救えなくて、ごめん……。愛している、ユイ……」
私の想いとは反対に、悲しく切ない瞳でセスが言う。
泣かないで。泣かないで、セス。
「違う……僕を、救ってくれたんでしょ……? ありがとう、セス……。わたし、も……愛してるよ……」
体に力が入らないせいで喋ることももう難しい。
私の言葉は届いただろうか。
この想いは伝わっただろうか。
確かめたくとも崩れて舞う自分の粒子に遮られてセスの姿が見えない。
セスが私の自死を阻止したことにより、リリスの目論見は外れてしまった。セスとヨハンは助かるだろうか。ローレンスは助けてくれるだろうか。
どうか助けてほしい。
2人をレクシーの元へ、帰してあげてほしい。
それを見届けることができないことだけが、心残りだ。
「ユイ……」
私を呼ぶセスの声が、聞こえた気がした。




