第278話 終焉への道・1
私が落ち着くまでそうしてくれた後、昼食と夕飯の材料を買ってから私たちは帰路についた。
目を覚ました時点で朝食の時間は過ぎていたらしく、もう昼に差し掛かろうとしている。パパッと作れる料理にしようということで、今日の昼食はサンドウィッチだ。
「…………」
「……レクシー?」
診療所にだいぶ近い路地裏の一角で、隣を歩くレクシーが不意に立ち止まった。
「……血の、匂いがする」
立ち止まったままそう呟くレクシーの顔はずいぶん蒼白だ。
「血の匂い……? 重傷の患者さんかな?」
「違う、これはヨハンの、血の匂い……。それともう1人……」
「……え?」
耳を疑う言葉に私の思考は停止した。
「どういう……あっ、レクシー!?」
しかし私の疑問に答えることはなく、レクシーは私の横をすり抜けてすごい勢いで駆け出して行ってしまった。
扉が開け放たれた診療所の入り口で、レクシーが立ち尽くしていた。
「レクシー! なっ……!?」
その肩越しからでも分かるほどのむせ返るような鉄の匂いと、焼きつくほどの赤がそこにはあった。
「な、何……何が……」
立ち尽くすレクシーの横から無理やり診療所に入る。
何かが暴れたとしか思えないほどに、中の物が散乱していた。
そこかしこの床には血が広がっており、それが壁にも飛び散っている。机の上の紙や本も散らばっており、椅子や器具も倒され、ここで起こったことの凄惨さを物語っていた。
心臓が早鐘を打つ。
呼吸が速くなる。
嫌な汗が背を伝った。
「セス……? ヨハンさん……?」
2人の姿はない。
この血がヨハンのものである、というのは先ほどのレクシーの発言からして間違いはないのだろう。
もう1人とも言っていたので全てがヨハンのものではないのかもしれないが、だとしても酷い怪我を負っているであろうことは明白だ。
何がどうなっているのか分からない。
襲撃者が現れたのか、それともまさかセスがヨハンを傷つけたのか。ヨハンも転生者だ。ゼノやガスパルと同じように近くにいたセスが操られて傷つけた可能性もなくはない。
だとしたらどうして。どうして私じゃなくてヨハンが。
「セス……ヨハンさん……っ!」
「あぁ、おかえりなさい」
2人の姿を探そうと1歩2歩進んだ瞬間、廊下の方から白い人が現れた。
「だっ……誰!?」
女性。病的なほど白い肌に、真っ白なストレートの長い髪。そして恐ろしいほどに真っ赤な瞳の女性だった。
着ている真っ白なワンピースには腹部にハサミで裂いたような切れ目が入っており、赤く染まっている。なのにそこから覗く白い肌には傷1つ見当たらないのが酷く不気味だ。
「2人をお預かりしました。私と共に来ていただけますか、シエル」
「え……?」
抑揚のない声で言いながら、カツカツと靴の音を響かせて白い女性が私へと近づいてくる。
ジリ、と無意識に一歩下がると何かにぶつかり、驚き振り向くとそこには泣きそうな顔をして酷く震えるレクシーがいた。
「レクシー……」
レクシーを背に隠すようにして前に出る。
私の服を後ろからキュっと握りしめる感触がした。
「2人は……2人は無事なんですか?」
「今の所は。これからは貴方の行動次第です」
人質というわけか。
しかしながら2人が無事である、という返答に僅かな安堵を得る。
おそらくその言葉は嘘ではないだろう。
そして私が大人しくこの女に従えば、2人はそれ以上の何かをされることはないということだ。
これが、"現実世界の私を消す"ためにリリスが画策したことか。
間に合わなかった。すべてが。
ヘルムートが言った、すべては選択の結果だというのはこういうことをいうのだろう。
私の選び取った選択が、この結果を招いた。
そのせいで大切なものを傷つけてしまった。
いつも、こうだ。
いつも大事なところで選択を間違える。
こんな自分、大嫌いだ。




