第277話 守りたいもの
「15年だなんて……最初は酷いって思ったりもしたけど、今なら分かる。ヨハンはそうすることであたしに居場所をくれたんだって。怪我が治って"はい、さようなら"って放り出されても、子供だったあたしには生きていく術もない。だからヨハンは"これからは雑用係だ"なんて言いながら家事を教えて、言葉を教えて、勉強を教えて……。いつか1人で生きていけるようにとあたしを育ててくれたんだ。だからあたしは、ヨハンには恥ずかしくて言えないけど本当はすごい感謝してるし、家族なんだとも思ってる」
「……うん」
レクシーがヨハンに寄せている想いを聞いて、胸が熱くなった。
きっとヨハンも同じようにレクシーを大切に思っているのだろうな。
血の繋がりも何もなくとも、本当の家族として。
「だからシエルがセスを守りたいと思う気持ちも、セスがシエルを守りたいと思う気持ちも分かるよ。2人がお互いに思う好きと、あたしがヨハンを思う好きは違うかもしれないけど、それでも大切な人を守りたいと思う気持ちは一緒だと思うから」
「……違うんだ。僕は、」
「違わないよ。誰だって大切な人が傷つく姿なんて見たくない。それが、守りたいってことなんじゃないの?」
「……なんで」
まるで先ほどの会話を聞いていたかのような言い方に、思わず言葉を失う。
「ごめん。エラルド族って耳と鼻がすっごい利くから、診療所の中の会話は全部聞こえちゃうんだよね。おまけに魔族だから、セスがシエルの術を相殺するのに使った覇気で危うく死ぬところだったぁ~」
「…………」
私からの驚きの目を逸らすように、レクシーはお茶らけて言った。
「そっか……全部聞こえてたんだね。だからこんな風に、外に連れて来てくれたんだ……」
「ねぇ、シエル、あたしさ、シエルのこと好き。優しくて、料理も上手で、可愛くて、いい匂いがして、すっごい好き」
「えっ……? あ、ありがとう。僕もレクシーのこと、好きだよ」
突然そんなことを言われてしどろもどろになってしまったが、同性としての意味だろうから素直にそう返す。
純粋なレクシーからそう言われると、素直に嬉しい。頬も緩んでしまう。
「だからあたし、シエルに傷ついてほしくない。出会って数日のあたしがそう思うんだから、ずっと一緒だったセスは、もっともっとそう思ってるはずだよ」
「…………」
緩んだ頬が凍りついたのが自分でも分かった。
思わず驚愕の瞳でレクシーを見ると、驚くほど真剣に私のことを見つめていた。
「シエルだって同じようにセスに傷ついてほしくないって思ってるんでしょ? だから全部1人で抱えて閉じ込めてる。でもさ、そうやって守られてるセスは幸せなのかな? あたしだったら一緒に分け合いたい。その方がずっと幸せだよ」
「……それで、死んでしまっても?」
「うん。だってシエルが1人で苦しんで死んでしまったら、セスの体は守れるかもしれないけど、心は死んでしまうよ。だったら、体は失っても心は一緒の方がいいと思うな」
「…………」
「シエルはセスの"何を"一番に守りたいの? きっとセスはシエルの心を一番に守りたいと思ってるよ」
抑えきれない涙が溢れた。
遊んでいる子供たちがそんな私に気付いてチラチラとこちらを見ているが、止めることができなかった。
「今のままじゃシエルが死んじゃうってことはみんな分かってるんだよ。だけど何でなのかが分からない。分からないまま、死を回避できるかもしれないからってセスたちはシエルを毒で苦しめた。苦しめたのに結局シエルは夢の中に行けなくて、やっぱり訳が分からないまま、次はどんな方法でシエルを夢の中に行かせるか考えてる。誰が敵なのかも、いつがタイムリミットなのかも分からないまま、それでもシエルを救えるならと必死になってる。ねぇ、シエル、セスは今、どんな気持ちでいると思う?」
お母さんが子供に優しく教えているかのような言い方に、さらに涙が溢れた。
大事なことを見落としていた。
何が一番大切か忘れてはいけないと、ヘルムートにも言われていたのに。
「……ごめん。ありがとうレクシー。帰ったら、セスには話すよ……」
「うん」
止めどなく流れる涙を隠すように両手で顔を覆ってそう言うと、レクシーは優しく頷いて私を抱きしめた。
本当にお母さんにそうしてもらったみたいな気持ちになって、涙が止まらなかった。




