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第276話 届かなかった手・3

「違う……違うんだ。僕は、僕のせいでセスが……みんなが傷つくことが耐えられない。みんなを守りたいなんてそんな綺麗なものじゃなくて、全部自分のためなんだよ……!」


「……シエル」


 絞り出した声に応えるかのように、セスが切なく私の名を呼んだ。


「だから言いたくない……! 言ってセスに背負わせたら、僕のために……僕のせいで傷ついてしまうかもしれない。そんなの僕は耐えられない……!」


「…………」


 そう言って泣きじゃくる私に、セスは何も言わなかった。どんな表情でいるのか、見る勇気すら私にはなかった。


「セス」


 扉の向こうから控えめにセスを呼ぶヨハンの声で反射的に顔を上げると、私を悲しそうに見つめるセスと目が合った。


「……ごめん、ちょっと行ってくる」


 そう言って私からフッと視線を逸らし、そのまま振り返らずに部屋から出て行ってしまった。


「……シエル、いい?」


 一息つく間もなく、セスと入れ違いにレクシーが顔を覗かせた。

 私が自傷行為をしないようにヨハンから監視を言いつけられたのだろうか。


「どうぞ」


 涙を拭って答えると、レクシーは悲しそうな笑みを見せて躊躇いがちに部屋の中へと足を踏み入れた。


「体の調子はどう?」


 私の側まで来て、心配そうに聞く。

 毒を飲んだ時には近くにいなかったはずだが、ヨハンから聞いたのだろうか。


「大丈夫だよ。セスに治癒術をかけてもらったから」


「そっか。じゃあちょっと外に行かない?」


「……えっ?」


 この状況でそんな言葉が出てくるとは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「大丈夫だよ。ヨハンに許可は取ってる。だから少し外に出て、気分を落ち着けよう?」


「レクシー……ありがとう。すぐ支度するね」


 あの2人、特にセスから逃げ出したい気分に駆られて私は素直に頷いた。






「風、気持ちいいね」


「そうだね」


 レクシーの言葉に頷きながら、眼前で無邪気に遊ぶ子供たちを眺めていた。


 ここは昨日レクシーと一緒に歩いた商店街から少し外れた場所にある、小さな公園だ。

 ブランコやシーソー、滑り台など元の世界とそう変わらない遊具が点々と置かれている。


 端の方にある2人掛けのベンチに並んで腰かけて、どれくらいの時間が経っただろうか。自分の命がもうすぐ消えるかもしれないことなど忘れてしまいそうになるほど、平穏な光景がそこにはあった。


「あたしね、10年前にヨハンのところに来たんだけど、その前はエスタでも有力な貴族の家にいたんだよね」


 沈黙を破って突然語られたレクシーの言葉に、私の思考は現実へと戻された。


「……貴族の家?」


「あたしはエラルド族っていう魔族なんだけど、エラルド族自体もう数も少なくなって、絶滅寸前なんだよね。いわゆる希少種ってやつ。だからその貴族に飼われてたんだ」


「飼われてたって……」


 奴隷、ということだろうか。ずいぶんあっけらかんと話しているが、その背景は重い。

 それに地族の獣人族だと思っていたが、魔族だったとは。


「毎日毎日玩具のように扱われて、たくさんたくさん痛い目にもあって、あたしは耐えられなくなって逃げ出した。逃げられるわけないのに、逃げられても行くとこなんてないのに、わずかな隙を見つけて咄嗟に飛び出したんだ。もちろん見つかって、追いかけられて、殺されそうになって、それでも何とか追手を撒いて、闇雲に街中を走ってやがて力尽きた。もうこのまま死ぬんだと思ったけど、そこでたまたま通りかかったヨハンに拾われたんだ」


「…………」


「けど、あたしの負った傷はヨハンには助けられないものだった。だからセスが治癒術で助けてくれたんだけど、もちろんお金なんて持ってなかったし返せる見込みもないから、治療費の代わりにあそこで働くことになったんだ」


「そう、だったんだ……」


 平和に生きて来た私の言葉など全て軽々しくなってしまう気がして、私は何と言葉をかけていいのか分からなかった。

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