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第275話 届かなかった手・2

「シエル、その沈黙は"それを知った人間は殺される"と言っているのと同じだ」


 何も言わない私を見かねて、セスが言う。悲しげに目を伏せて。


「俺たちに言えない理由なんて、それしかねぇだろうしな」


 ヨハンもまた、苦しげに顔をしかめてそう言った。


「…………」


 全てが無駄な気がした。

 この2人の前では、何もかもが見透かされてしまう。

 私はきっと何をやってもこの2人には敵わないのだろう。


「……そこまで分かっているのなら、もう一度あの場所に行かせてほしい。今ならまだ、間に合う」


 そうしなければ私は死ぬと分かっているのなら、2人にはもう私を止める理由などないはずだ。


「もう一度夢の中に行けば、君は死を回避できるの?」


 セスが私から視線を外し、痛みを耐えるような表情でそう聞いた。


「やるべきことを、ちゃんとやれれば。だから短剣を頂戴」


 セスに向かって手を差し出す。

 落とされた短剣はセスの後方にある。私からは届かない。


「…………」


 静寂が訪れた。

 セスもヨハンも沈痛な面持ちで私を見つめている。ここまで来て何を迷うことがあるのだろうか。

 私はもう迷わない。自分を傷つけることも、ミハイルを殺すことも。


「……毒を使え。致死量が決まってるから管理しやすい。苦しいが、自傷する覚悟があんならできるだろ」


 長い沈黙を経て、ヨハンが静かに告げた。






 毒を飲み込んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。


 その内、息を吸うだけで胸全体が痛くなった。


 私以上に苦しそうな表情のセスに縋って、このまま死んでしまうのかと思うほどの苦しみにもがいて、やがて意識は遠のいていった。






「……どうして……」


 出した声は掠れていた。

 目に映るのは見慣れた天井。そして悲しげな顔で私を見下ろしているセス。今いるのはあの白い空間ではなく、診療所の一室だ。


 セスが無言で私の胸元に手をかざした。

 淡い光に包まれて、ほんのりとした温かさを感じると共に、まだ少し残っていた胸の痛みが和らいでいく。


「セス……僕は、あの場所に戻れなかった」


「……分かっている」


 私の言葉に、セスはそれだけを返した。

 私があの場所に行っている間は何の反応もなくなるようなので、セスたちもそれで判断できるのだろう。


 ヨハンはいない。

 ここは路地裏にあるので昼でもそこまで日が入らず時間は分からないが、診療中なのだろうか。


 私は何故、ミハイルの元に行けなかったんだ。毒という方法がダメだったのだろうか。例えば今すぐ別の方法で自分を傷つけたら行けるのだろうか。それを、セスとヨハンは許可してくれるだろうか。


 後、どれくらいの時間が残されているのだろうか。


「シエル、夢の中で何があったのか教えてくれ」


 長い沈黙を破るように、セスが静かにそう言った。


 天族は自死を禁止されている。私がセスの手によって殺されたとしてもセスがその後自分の命を絶つことはない。

 そして、何も知らなければガスパルの関係者のように巻き添えで殺されることもないはずだ。


 だから言ってはいけない。


「…………ごめん」


「1人で抱えないで教えてくれ……。何か他に突破口があるかもしれないだろ」


「……っ」


 ないよ。

 そう返そうとして、それでは相手が神であることを言っているようなものだと気付いて慌てて口をつぐんだ。


「君が俺たちを巻き込みたくないと思ってくれているのは分かる。でもじゃあ俺たちは……俺は、そうやって全部1人で抱えて苦しむ君を、黙って見てろって言うのか? 俺だって君を守りたい。君が抱えているものを、一緒に背負いたいんだ」


「…………」


 きっとセスは、全てを知ったら一緒に死のうと言ってくれるのだろう。 


 でも、じゃあ一緒に死んでと全てを打ち明ける勇気は、私にはなかった。

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