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第274話 届かなかった手・1

「……あああっ……うわあああっ!!」


 突然視界が切り替わった。

 リアルさを帯びた光景に思考が追いつかず、私は叫びながら後ずさった。


「シエル!」


 正確には、後ずさろうとしてできなかった。

 地に着いていたはずの足は着いておらず、自分の体に何かが纏わりついて思うように動けない。


「シエル落ち着け! 何があったんだ」


「……っ!」


 バタバタと動かしていた腕を強く掴まれる。

 そちらの方を見ると、セスとヨハンが神妙な面持ちで私を見つめているのが目に入った。


「セス……ヨハンさん……」


 どうやらベッドに寝かされていたようだ。

 上体をゆっくり起こすと、セスが私の腕から手を離した。


「あの夢を見たことは確かなようだな」


 セスの隣に立っているヨハンが言う。


「…………」


 戻ってきてしまった。


 ミハイルを殺せないまま、私は戻ってきてしまった。


 このままでは消される。

 ガスパルたちと同じように、身近な人の手によって。


 セスの、手によって。


「戻らないと……」


「え?」


「戻らないと! 早くしないと間に合わない!」


 あの場所に戻ってミハイルを殺さなければ。


 そう思ってベッド脇に備え付けられているサイドテーブルに手を伸ばす。その上には先ほどまで握っていた短剣が置かれている。


 しかしそれを察知したセスが素早い動作で短剣を振り払い、私の手が届く前に2本とも床へと落としてしまった。


「あっ……」


 硬くて重いものが落ちる、重厚な音が部屋に響いた。


「やらせないよ」


 セスの声が上から降ってくる。

 すがるように見上げたセスの顔は、険しかった。

 短剣で自分を傷つけて、再びあの場所に行こうとする私の思惑を見抜いたようだ。


「……っ!!」


 ならばと右手を突き出し手の平を自分の方へ向け、念じる。自分の体を岩の槍が貫くようにと。


 しかし。


「……なんで……っ!」


 術は発動しなかった。


「落ち着くんだ」


 静かに降り注いだセスの言葉で、術が相殺されたんだと知る。

 再びその顔を見上げると、どこか悲しげにも見える表情で私を見下ろしていた。


「無駄なことはやめろ、シエル。こいつの前で自分を傷つけるなんてこと、できるわけねぇだろうが。暗殺のプロなんだぞ。何を慌ててるのか知らねぇが、とにかく今は落ち着け」


 ヨハンが言う。


 確かにその通りだ。一連の行動が全て見透かされた以上、私では何をどうやっても自分を傷つけられそうにはない。


「…………」


 深呼吸をして、無理矢理気持ちを落ち着かせる。


「夢の中で何があったんだ?」


 私が少し落ち着いたのを確認してからヨハンが問う。


「…………」


 あの場所で知り得たことを、この2人に話してもいいとは到底思えない。

 それこそがヨハンの探し求めていた答えだとしても、これは世界的機密事項なはずだ。知ったことによって事態が悪くなることはあっても良くなることは決してないだろう。


「……言えません。すみません」


「お前、それで俺たちが納得できるとでも思ってんのか?」


 ヨハンが責めるような口調で問う。

 当然だ。私が逆の立場でも同じことを問うだろう。


「思ってません。でも言えないんです。ごめんなさい」


「シエル、」


「じゃあ君はどうなるの?」


 ヨハンの言葉を遮ってセスが口を挟んだ。


「夢の中の出来事を俺たちに言えないのなら、それを知ってしまった君はどうなるの?」


「…………」


 私は今、どんな顔でセスを見つめているのだろうか。

 答えを知っていると言わんばかりの悲痛な声と表情に、心臓を握られたかのような息苦しさを覚えた。


「それも言えない? じゃあ質問を変えようか。夢に戻らないと何が間に合わなくなるの?」


「…………」


 質問は変わっているが、答えは変わらない。セスはそれも見越した上で聞いているように思えた。

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