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第263話 歴史

『正直、俺が知るあいつはいつだって感情が欠落した人形みたいだった。最初はユスカという存在をあんな形で失って心が壊れたんだと思ってたんだが、そうじゃなかった。あいつは、人の命が失くなることも、人の命を奪うことにも、特別な感情を持つことがない。最初から、命の価値観が狂ってたんだ』


 私の心配を知ってか知らずかヨハンは構わずに話し続けた。


 壊れている、狂っている、そうヨハンに言われたとセス自身も言っていたことを思い出す。


『そういう生き方しか選択肢がなかったのだと言っていました。好んで、そうしてきたわけではない、と』


『それは分かってる。分かってるからこそ俺はあいつをここに置いた。あいつが快楽殺人者だったなら、俺はあいつをここに置いたりはしなかった』


 私の言葉に間髪入れず、ヨハンが答えた。


『ヨハンさんは、セスを……変えたかったんですか?』


『……まぁ、そうだな。生にこだわってほしいと思ってた。自分の生にも、他人の生にも。意外にもレクシーの時にはちょっとそういう素振りは見せたが、結局、ここにいる間では俺が望んだ結果にはならなかった』


 今度は少しの沈黙を置いて、ヨハンは静かにそう答えた。


『なるほど……』


 ヨハンの言いたいことは分かる。

 セスは3班のみんなに出会うまで、他人の命に拘ることはなかった。人と物が一緒だとさえ思っていたくらいだ。医者であるヨハンからしたら、その意識を変えたいと思うのは当然だろう。20年という期間を科してまで、命を大切さを教えたかったんだな。


『でもあいつは変わった。お前の生にこだわるようになった。あいつに1人でも失いたくないと思う命ができて、本当によかったと思ってる』


 至極しごく真面目な顔でヨハンが言う。

 この人本当にすごいいい人だな。


『自分の命ももっと大事にしてくれるといいんですが』


『……そればっかりはどうもな。この世界は基本的に弱ければ殺されても仕方がないみたいなとこあるし、死ぬ覚悟決めてるやつが多すぎなんだよな』


『私たちの世界とはあまりに違って理解も難しいです』


『そうだな。それでも……俺たち転生者はこの世界で生きていかなきゃならねぇ。狂ってるのは俺たちの方なんだとしても、な』


『……そうですね』


 ヨハンの言う通り、この世界にとっては私たちの方が異質な存在なのだ。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、私たちの方がこの世界に合せて生きていくしかない。


『私たち転生者って何なんでしょうね。どうして私たちはこの世界に生まれ変わったんでしょう』


『……何なんだろうな。それはきっとこの世界の誰にも分からねぇんじゃねぇかな。おそらく転生者は、この世界にとって予期された存在じゃなかった』


 おそらく、という言葉を使ってはいるが、ヨハンの言い方にはどこか確信めいたものを感じる。


『どうして……そう思うんですか?』


『その前にまずは歴史のお勉強といこうか。エルフであるお前は学校なんて行ってないよな。何年経ったってエルフの閉鎖的なところは変わらねぇからな』


 そう言いながらヨハンは白衣の内ポケットから1枚の紙を取り出し、それを広げてテーブルの上に置いた。


『これは……年表?』


 大きめの紙に書かれた表の中に、年数と出来事が書かれている。

 これはヨハンが書いたのだろうか。意外と綺麗な字だ。


『ああ。俺が把握できただけの出来事を記載してある。この世界は天界も地界も魔界も、すべて3界が融合した日を紀元としたルーク歴が用いられていて、今年はルーク歴2054年。ここまでは知ってるか?』


『はい』


 それは子供の頃に父や母から習った。

 私はルーク歴2038年の生まれだ。


『ルーク歴元年1月1日と定められたこの日、突然アルディナ・ミトス間、ミトス・ルブラ間のリンクが出現した。このリンクが出現した際、その場にあった建物や物などは跡形もなく消え、人間や動物……モンスターだけがリンクを通って界を渡ったと伝えられている』


 ルーク歴元年1月1日、と書かれた場所を指さしてヨハンが話し始めた。その横には3界融合、と記されている。


『生物だけってことですか?』


『正確に言えば"動物に当たるもの"だな。植物は建物や物と一緒に消えたと言われている』


『動物だけ……』


 何故植物だけが除外されたのだろうか。考えても答えはでないのだろうけれど、気になる。

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