第260話 アルディナ
「え、なになに? なんでみんな黙っちゃったの?」
急にみんなが沈黙したのが不思議だったのだろう。レクシーが目を丸くしてそう聞いた。
「……お前、たまにはまともなことも言うんだな」
「なっ!? たまにはって何よ、たまにはってー!!」
「確かにそうかもしれないけど、じゃあこれから一生アルディナに居続けるのかって言ったら、それは少し難しい話だ」
ヨハンとレクシーのコントのようなやり取りを遮って、セスはどこか苦しげな表情でそう呟いた。
「何で?」
「俺が自由に動けないからだ。だからと言ってアルディナでシエルを1人にするつもりもない」
「それを決めるのはセスじゃなくてシエルなんじゃないの? それとも……シエルはセスの所有物だとでも言いたいの?」
「…………」
レクシーの言葉でセスが怒りの表情を見せた。が、そういう時にいつも見せる氷のような冷たい表情ではない。眉を寄せ、鋭い眼光でレクシーを睨むその様は、さながら炎のような熱さを感じさせた。
「あ、あのっ……」
「へー、そういう顔もできるんだ」
自分でも何を言おうと思ったのか分からないまま発した言葉は、嘲笑うかのようなレクシーの言葉に掻き消された。
レクシー、何てことを言うんだ。怒りの矛先を向けられているのにそんな態度を取るなど、まさしく火に油ではないだろうか。
「やめとけレクシー、アルディナの事情なんて俺らには分からねぇし、その辺はセスとシエルが話し合って決めることだ。とりあえず一旦お開きにしようぜ。お前ら地下洞窟から帰ってきたばかりなんだろ? 飯の時間まで少し休めよ。今は入院してる患者もいねーし、部屋も風呂も好きに使っていいから」
セスが何かを返すよりも早くヨハンが立ち上がって言った。
このままだとより険悪な雰囲気になると察してそうしてくれたのだろう。非常に空気の読める人だ。
「んじゃ、そういうことでー。あ、あたしの部屋は一番奥だからそれ以外使ってね!」
「そういうことでー、じゃねぇ!! お前はちゃんと飯作れよ! 4人分だかんな!!」
ちゃっかり出て行こうとするレクシーの首根っこを掴み、ヨハンが怒る。
「うわーん、あたしだってちょっとくらい休んだっていいじゃーん!!」
それに対してレクシーもわざとらしく泣く真似をして返す。
セスを見るとそんな2人からは視線を外して、痛みを耐えるような表情で何かを考えていた。
「セス、あの、」
「案内するよ、シエル。おいで」
私の言葉を遮ってセスが立ち上がりながらそう言った。
先ほどとは打って変わった穏やかな笑みが、逆に私の不安を掻き立てた。
ヨハンの診療所は、入院患者用の個室が5部屋完備されている。
廊下の向かい側に5部屋並んでいるその個室の、左奥にある部屋がレクシーの部屋だ。レクシーの部屋の向かいには倉庫として使っている部屋があり、その隣が食堂、その隣が診察室、その隣がヨハンの仮眠室となっている。
仮眠室、と呼んではいるがそこ以外にヨハンが寝るための部屋はないらしいので、実質そこがヨハンの寝室のようだ。
で、その隣にお風呂とトイレ。さらにその隣に洗濯室。必要最低限の設備が整った診療所だ。
「君はここを使うといいよ。俺は隣を使うから」
そう言ってセスに案内されたのはレクシーの隣の部屋だった。
診察室やトイレに近い部屋は患者が来た時のために空けておくというのがこの診療所に泊まる時のルールらしい。そりゃあそうだろうが、そもそも5部屋ある個室のうち、3部屋も元気な人間が使ってしまっていいのだろうか。
「大丈夫だよ。同時に5人も入院患者がくることなんてないから」
聞くと、セスはそう答えて笑った。




