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第255話 対面・1

「し、失礼します……」


 一応そう挨拶しながら中へと足を踏み入れると、そこは紛れもない診察室だった。


 壁際にある長机と、椅子と、それに座る白衣を来た人物、机の上の大量の紙類。反対側の壁際に置かれた白いシーツのベッド。鼻をつく消毒液の匂い。まるで現代の病院に来たかのような光景に、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。


「……お前か」


 背もたれのついた黒い椅子に座っていた白衣の人物がくるりと椅子を回して言った。まず間違いなく彼がヨハンだろう。


 1000年以上生きている、とは言うものの見た目は若い。20代半ばくらいだ。浅黒の肌に尖った耳、透き通るような金の髪、セスの髪色のような綺麗な水色の瞳、ミディアムヘアというのだろうか、肩にかからないくらいの髪をナチュラルにまとめたイケメンだった。


「貴方に会いたいという人を連れてきた」


「……へぇ。また珍しいこともあったもんだ」


 セスの言葉にニヤリと笑って、ヨハンは私を見た。

 セスがヨハンに対して"貴方"と言ったことも衝撃だが、ヨハンのイケボ具合にも衝撃が走った。セスの柔らかくて心地よい声とはまた違う、ワイルドさと色気が混じり合ったような声だった。


「初めまして、シエルです」


「……なんだ、男か」


 あからさまに声のトーンが落ちた。


「え、す、すみません」


「知ってる上で来てるんだとは思うが、ヨハンだ。それで、俺に何の用?」


 咄嗟に出た謝罪を意にも介さず、ヨハンが言う。

 ずいぶんとフランクな言い方だ。

 初見は門前払いされると聞いていたので頑固で寡黙な人なのかと思っていたけれど、そういう感じではなさそうだ。


「場所を変えたい。今患者はいないんだろう?」


 私が答える前にセスが割り入るように言った。


「……パッと終わる話じゃねぇってことか。なら隣に移動するか」


 そう言ってヨハンは気だるげに立ち上がって、奥にある出入り口のカーテンをくぐって向こう側へと消えて行った。


「おいで」


 チラリと私を見てそう言って、セスも同様にカーテンをくぐって行く。

 壁をドーム型にくり抜いて作られたようなその出入り口の先には左右に続く廊下があり、目前の壁には等間隔でドアが配置されている。


「こっちだ」


 向かって左手側に立っていたセスが、私を手招きしてまたカーテンの奥に消えた。

 どうやら、先ほどの診察室の左隣も同様にカーテンで仕切られた部屋になっているようだ。右手側を見てみると、診察室の右隣りにも同様にカーテンがかけられたドーム型の出入り口がある。


 セスが入って行った側のカーテンをくぐると、そこは食堂だった。

 部屋の中央には8人掛けのダイニングテーブルが置かれ、奥にはキッチン、左右の壁には食器棚や食材が入っていると思わしき棚がある。


「好きなとこに座ってろ」


 奥のキッチンで何かを準備しているヨハンが、こちらを振り向くこともせずにそう言った。

 入って手前側の椅子にセスが座っているので、私はその隣へと腰かける。


「レクシーはもういないのか?」


「あー……いるけど、今買い物に行ってる。もうすぐ帰ってきちまうかな」


 セスの質問にやはり振り向くことなくヨハンが答える。

 女性の名前のようだが、ヨハンの元に他の誰かがいるとは聞いていなかった。誰なのだろう。


「……なるほど」


 若干顔をしかめてセスが呟いた。

 何だろう。ヨハンの言い方も、セスの頷き方も、どことなくそのレクシーという人に"いてほしくない"という気持ちが垣間見える気がする。


「ジシ茶でいいよな? 嫌だっつってももう入れちまったけど」


 レクシーという人のことにはそれ以上触れず、ヨハンが私とセスの前にカップを置く。


「はい、ありがとうございます」


 ジシ茶、というのは今まで飲んだこともなければ聞いたこともない。顔を近づけてみると、麦茶みたいな匂いがした。


「それで?」


 自分の前にもカップを置いて、ヨハンはセスの向かいに座りながら聞いた。


「シエルは転生者なんだ。それで、同郷である貴方に会いたいと」


 セスの言葉を聞いてヨハンが一瞬驚きに目を見開き、それから真剣な表情に直って私を見つめた。


『……俺の言葉が分かるか?』


 そして少しの沈黙の後に、日本語でそう言った。

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