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第254話 見捨てない者

「シエル、待て!!」


 全速力で走ったはずなのに、あっさり追いつかれた。


「……っ」


 セスの足が速いのは今までを見ていて分かっていたし、けるとも思っていなかったが、こうもすぐに追いつかれると非常に気まずい。


 怒っているのか、悲しんでいるのか、はたまた別の感情を持っているのか分からないが、何にせよ今の自分に直視できるだけの覚悟がなくて、私の腕をきつく掴むセスの顔を見ることはできなかった。


「俺を見ろ」


 そんな私を見透かしたように、セスが言う。


「……っ」


 怒っているかのような声色に心臓が跳ねたが、そう言われてしまえば見ざるを得ない。

 恐る恐る顔を上げてみると、しかし予想に反してセスは真剣な眼差しで私を見下ろしていた。


「急にこんなことになって混乱しているのは分かる。俺だって事態を把握できているわけじゃない。でも俺は彼女たちとは違う。何があっても決して君を見捨てたりしない」


 真っ直ぐに私を見据える瞳から、目を逸らすことができなかった。

 空よりも深い青の双眸に吸い込まれそうな錯覚すら覚えながら、きつく掴まれた腕の痛みで意識を現実へと引きとめる。


「セス……」


「……だから俺から逃げないでくれ」


 しばらくの静寂の後に絞り出されたのは、泣きそうな声だった。

 苦しげなその声と切なげに歪められた表情に、胸が締め付けられる。


「……ごめん」


 じわりと視界が滲んて来て、そう返事をするのが精いっぱいだった。

 あぁ、これじゃあまた「そうやって君はすぐに泣く」なんて言われてしまうな。そう思ってセスに見えないように俯くと、溢れた涙が地面に散った。


「……ヨハンのところに行こう。大丈夫、あの人はいい人だよ。きっと力になってくれる」


 フッと力を抜いたような柔らかい声が降ってきた。

 今まで聞いていた話からは想像もできない言葉に驚いて顔を上げると、セスは困ったように笑って視線を外した。


「本当はこんなこと、好きな女性の前で言いたくなかったんだけどね……」


 そして私が口を開くより早くそう続けて、くるりと背を向けて歩き出した。一瞬垣間見えた拗ねたような、諦めたような可愛げの見える表情に、私の頬も思わず緩んだ。






 ヨハンの診療所は初見では門前払いされると聞いていた割に、初見ではどうやってもたどり着けないだろう場所にあった。


 狭い路地を入った奥のそのさらに奥という感じで、具合の悪い人間をここまで歩かせるのもどうかと思うくらい大通りからは離れている。しかも看板も何もなく、まるで勝手口を思わせるような簡素な入口があるだけだった。


 ここに至るまで、セスは一度として振り返ることはなく、また話をすることもなかった。

 私がついて来ているのはちゃんと分かっていたのだろうし、そうすることで心を整理する時間をくれたのだと思う。実際、それで私の心はだいぶ落ち着きを取り戻した。


「準備はいいかな?」


「う、うん」


 笑みを浮かべて聞くセスを前に、私は硬い表情を崩せなかった。

 自分以外の転生者に初めて会う緊張感と、気難しい人なのだろうという先入観がそうさせている。

 そんな私を見てセスはまた困ったように笑って、何か不思議なリズムをつけて扉をノックした。


「……入れ」


 扉の向こう側から、辛うじて聞き取れるくらいの小さい声が聞こえた。


 この扉のすぐ向こう側にいるというのか。緊張が増したが、セスは躊躇ためらうことなく扉を開いて中へと入ってしまった。そして中から扉が閉まらないように押さえたまま、私にも入るように促した。

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