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第250話 生垣の迷路

「体が、痺れるな……。この先の行き止まりでやろうか。これ以上魔力エリアに近づいたら……俺が動けなくなりそうだ」


 目的地となる魔力濃度が高いエリアにだいぶ近づいた頃、セスが壁に手を付いて言った。

 目の前には左右に分かれる道がある。左に行けば魔力エリア、右に行けば行き止まりだ。


「そうでしょうね。ルブラに近いくらい澄んだ気をしているわ」


 魔族であるアンジェリカは逆に心地いいと言わんばかりに目を細めながら空気を吸い込んでいる。


「セス、大丈夫?」


「ああ……この辺ならまだ大丈夫だ」


 大丈夫? と聞いてはみたものの、私もかなり息苦しい。

 アンジェリカが言うように、ルブラにいた時と同じような感覚だ。

 ちなみにここに至るまでに現れたモンスターは、すべてあの毛もくじゃらの蜘蛛だった。気持ち悪いなら俺が全部倒すから何もしなくていい、もし手を出すならば加減を頼む、とセスに言われていたので私は素直にアンジェリカの後ろからそっと様子をうかがっていた。

 そんな私を女王様もといアンジェリカが女々しいだの情けないだのと散々(ののし)っていたが、事実すぎて何も返せなかった。


「じゃあこの辺に横になって」


 アンジェリカが地面を指さして言った。

 ゲームだったら宝箱の1つでも置いてありそうな行き止まりだが、現実世界の行き止まりには何もない。マッピングを目的とした学生でもない限り立ち入らないのだろう。天井、壁、床、どこを見てもネラ苔が綺麗に生え揃っている。


「分かった」


 アンジェリカに言われた通り地面に横たわると、ネラ苔のフワフワとした感触が肌に伝わってきた。気持ちいい。


「見たい夢を思い浮かべながら目を閉じているといいわ」


 そう言ってアンジェリカは私の側にしゃがみ込み、右手で私の両目を覆った。冷たくて気持ちのいい手だった。


「……どんな夢を見ているかアンジェリカにも分かっちゃうの?」


「分かるわけないでしょう。私はただ貴方が思うままの夢に導くだけよ。安心して眠りなさい」


「そっか……」


 ならどんな夢にしよう。

 女としてこの世界に生まれていた場合の妄想でもしてみようか。セスと自然に触れ合って、抱き付いてみたりとか。夢なのだ、何をしたって支障はないはず。


「俺の合図で神力を吸うのをやめなかったら殺すよ、アンジェリカ」


 そんな甘い妄想を打ち砕くような冷たいセスの声を最後に、すぅっと意識が遠のいていった。






「…………」


 ここは。

 何だか見覚えがある場所に立っている。

 生垣の迷路。確か、フェリシアに傷を負わされてゲオルグに運ばれている最中に見た夢の場所だ。


 どういうことだ。これが私の見たい夢だとでも?


 セスがあまりに冷たい声色で殺すとか言うから、妄想し損ねて見たい夢が見られなかったのだろうか。


 しょうがない。ひとまず歩いてみよう。

 それにしても今までに幾度となく見てきた暗い森を彷徨う夢も、この生垣の迷路の夢もずいぶんとリアルだ。踏みしめる草の感触も、手に触れる木の感触も現実と変わりない。

 一体これは何なのだろう。何かの意味を持つ夢なのだろうか。


「…………!」


 しばらく歩いていると、迷路の出口らしき場所にたどり着いた。

 しかし出口の向こう側は真っ白に光っていて全く先が見えない。ここを踏み出してしまっていいものなのかどうか悩む。


 今まで死の淵にいる時にこういう夢を見ることが多かったために、ここは三途の川的な場所なのだと思い込んでいた。だからたどり着く先は"死"なのだという先入観が消えない。

 でもきっとそうではなく、ここは何か違う意味を持った場所なのだろう。だってアンジェリカは私を殺さない。セスがそうならないように見張っている。


 だから、踏み出してみよう。


 一歩足を踏み出した瞬間、今まであった生垣の迷路は視界から消え去り、すべてが白になった。


「…………」


 真っ白な空間に誰かがいる。私を見て、柔らかい笑みを浮かべている。

 黒い髪をした、少年のようだった。




 その人物に近づこうと思った瞬間、なぜか左腕に激痛が走った。

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