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第239話 貸し・2

「まさかあの2人が裏切るなんて……」


 お風呂を溜めるためにセスの部屋を訪れて私は呟いた。

 ここに至るまでセスもアンジェリカもそのことについて不自然なほどに触れてこない。まるで最初からあの2人が存在していなかったみたいだ。


「……最初からそういう兆候はあったんだ。あの2人は俺をリュシュナ族だと認識した瞬間に顔色を変えたからね」


「……えっ?」


 さも当然のようにセスは言う。

 そうだっただろうか。ヴィレッタは、リュシュナ族なら頼りになるみたいなことを明るい笑顔で言っていたような気がする。


「すぐに出発したいとアンジェリカに申し出たのは、あの2人に相談する時間を与えたくなかったからだ。まぁ、それを説明するわけにもいかないから意図が伝わらなかったけれど」


「じゃあどうして僕には教えてくれなかったの?」


 あの2時間、私とセスは2人きりだったのだ。その時からあの2人に兆候があったのなら、私にはそれを教えてくれてもよかったのではないだろうか。信頼されていないのだろうかと不安になってしまう。


 そういう気持ちから、思わず責めるような聞き方になってしまった。

 気を悪くしてしまっただろうかと表情をうかがい見ると、セスは別段色を映すことなく私を見下ろしていた。


「では聞くが、それを知った君はあの2人と普通に接することができるのか?」


「それは……」


 静かに問われたそれに、言葉が詰まる。


「できないだろう? 君が不審がる様子を見せてしまえば、彼らは焦ってさらに危険な方法を取るかもしれない」


「…………」


「だから君に言う必要はないと思った。彼らにとって一番安全なのは君を人質に取る方法だからね。それなら俺が君を守ればいいだけの話だ。まぁ、少し計算は狂ったけど」


「…………」


 ぐうの音も出ない。

 確かにセスの言う通り、それを知った上で普通に接することができたかと言われれば難しい。絶対態度に出てしまっただろう。本当に、セスは私のことをよく分かっている。


「ごめん……そうとも知らずに嫌な言い方をして……」


「いや、いいよ。君の気持ちは分からないでもないしね。それに、そうやって必要とされるのは悪い気がしない」


「……っ!?」


 そう言って不意に見せた不敵な笑みに心臓が跳ねた。


「おっ……お風呂溜めるね!」


 そんなセスの顔を直視できなくて、私は逃げるようにお湯を溜めに行った。

 しかしながら、私の気持ちが分からなくもない、ということは、逆の立場だったらセスも不満に思ったということだろうか。そうだとしたら何だかとても怖い感じで迫ってきそうな気がする。






「そういえばアンジェリカに何を頼むつもりなの?」


 約束の時間より少し早く集合場所であるギルドについた私たちは、ギルド内に設置されているベンチに腰かけて賑わう人々をぼんやりと眺めていた。

 なのでアンジェリカが来る前にと、私はセスに聞いてみた。

 あの時、アンジェリカに何が望みなのかと聞かれてセスは答えなかった。それはまた後でゆっくりと、と言葉を濁したのだ。


「君の訓練に協力してもらおうと思って」


 どことなく黒い笑みを浮かべながらセスが答える。


「あぁ……なるほど……」


 そんな気はしていた。

 アンジェリカに協力を仰ぐにあたって、信用できるかどうか、協力してくれるかどうかというところがネックだったのだ。貸しがあるのなら協力してもらうには充分すぎる大義名分ではある。


「……でもさ、今回はアンジェリカだって被害者だよね……」


「そうだね」


 意を決して紡いだ言葉は、予想以上にあっさり同意が得られた。アンジェリカに貸しを作らせた人間がそんな簡単に頷くなんて甚だ可笑しい。

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