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第238話 貸し・1

「さぁ、どうする? 二度と俺たちに関わらないと誓うのなら見逃してやってもいい。今すぐ剣を引いてこの場から去れ」


 薄っすらと笑みを浮かべてセスが言う。


「くっ……くそが!!」


 ヴィレッタから取り上げるようにしてガレンがアンジェリカの胸元を掴み、乱暴に放り投げた。


 投げ出されたアンジェリカの体は幾度か地面を転がって、セスの足元で止まる。すぐには起き上がれないのかアンジェリカはわずかに顔を上げてセスの方を見た。


 その間にガレンとヴィレッタは脱兎のごとくこの場から去って行く。


「アンジェリカ! 大丈夫!?」


 ようやく動いた体でアンジェリカの元に駆け寄る。

 地面を転がったせいで服は汚れているが、怪我らしい怪我はなさそうだ。


「……これは貸しだ、アンジェリカ」


 そんなアンジェリカを冷たく見下ろしてセスが言った。


「貸し、ですって……!?」


 差し出した私の手を取ることなく、アンジェリカはヨロヨロと立ち上がってセスを睨んだ。


「君の人選ミスと説明不足が招いた事態だろう。巻き込まれたのは君じゃなくて俺たちの方だ。その上で君を無傷で助けてあげたのだから、貸し以外の何物でもないはずだが?」


 アンジェリカに睨まれても怯むことなくセスは淡々と言う。

 確かに言っていることは分からないでもないが、人質に取っても無駄だの、殺しても構わないだの言っていた人が言うことではないような。それともそれはすべてアンジェリカを無傷で救い出すための演技だったとでも言うのだろうか。


 色々と言いたいことはあるが、私は何もしていないので口を出せない。


「……何が望みなの」


 観念したように吐き出されたアンジェリカの言葉に、セスの口角がわずかに上がった。






 帰りは一瞬だった。

 実はアンジェリカがアドルドまでの転移石を持っていたのだ。

 しかしこの転移石は単純に触媒としての役割しかなかったために、転移に必要な神力なり魔力なりは全て術者から消費される。


「……は……っ」


 息が苦しい。

 アンジェリカでは3人を一度に転移させることは無理だというので、私がまず先にアンジェリカを送ってみてどれくらい消費するかを確認した。

 その結果、3人を転移しても40%くらいは神力が残りそうだという私とセスの見解により、その後すぐにセスと2人で同時に転移してきたのだ。


 転移した先はどこか見覚えのある部屋だった。

 ちょうど目の前にクロエが立っている。おそらく、ここは私たちが泊まっている宿の一室だ。アンジェリカとクロエが借りている部屋なのだろう。ベッドが2台ある。


「……さすがですね。普通のエルフではいくら近場とは言え、この人数を転移させるなど無理だったことでしょう」


「心外だ、僕は普通のエルフだよ。ちょっと座らせて、ごめん」


 私を見るなりそう言ったクロエを横目に、私は部屋に備え付けてある椅子へと腰かけた。

 テーブルの上にアンジェリカから借りた転移術の触媒を置く。それは複雑な文様が刻まれた綺麗な琥珀色の宝石だった。


「ずいぶんと想定外の事態になったようですね」


 クロエはまだその場に立ったままのセスを真っ直ぐに見据えて言った。

 クルヴァン討伐に向かったはずの5人が3人になって、しかも転移術で帰ってきた。それはクロエにしてみたら想定外の事態だろう。


 いや、私たちにだって想定外の事態だ。


「……核はちゃんと手に入れたんだ。問題ないだろう」


 テーブルの足元に置かれているクルヴァンの核に目をやりながらセスが答える。


「ええ、ありがとうございます。お疲れ様でした」


 にこやかに笑ってクロエが返す。

 その笑顔の裏に何かあるような気はするが、私もセスも何も言わなかった。


「話は後でいいかしら? お風呂、入りたいのだけれども」


 若干不機嫌そうなアンジェリカの一声で、一度解散になった。

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