第21話 渦巻く陰謀・1
え、なに、状況が分からない。
誰かが背後から迫ってきた気配もしなかった。
何者かの腕が、私の首を強い力で締めている。息が苦しくて声が出せない。両手でその腕を緩めようとしてもビクともしない。苦しさから逃れようと体が勝手に暴れるが、私を押さえるその力は強い。私も男の体で力が弱くはないはずなのに、不利な体勢から抜け出すことができない。
「これ以上暴れるなら殺す。声を出しても殺す」
落としてしまった光の触媒を遠くに蹴り飛ばしながら、背後の誰かが耳元で囁いた。
男の声だった。聞き覚えはない。
恐怖で体が震える。私は抵抗をやめた。できなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。
抵抗をやめた私を見て、男が短剣を取り出した。首に回した腕を解き、その剣を私の首筋にあてる。チリッとした痛みが走った。
「お前が無詠唱で術を放つよりも俺がお前の喉を掻き切るほうが早い。無駄な抵抗はせずについてきてもらおう」
確かに、エルフは無詠唱で術を扱うことができる。
だが、瞬間的にノーアクションで術を放つことはできない。
術は手に神力を集めて手から放出される。離れた相手の頭上に岩石を出現させる場合でも、その源は自分の手から放出される。つまり、出現させたい位置の直線状に手をかざさなければ相手の頭上に術を配置することはできない。その行動が終わる前に、この男は私を殺せると言っているのだろう。
素直に男に従いつつ考えを巡らせる。
どうやってこの状況を打破するか。体は恐怖で震えあがっているというのに、意外にも頭は冷静を保てている。そうでなければ本気で命が危ういと本能が察知しているんだろうか。
この男は先ほどの言葉通り、少しでも私が怪しい素振りを見せれば躊躇いもなく私を殺すのだろう。
それができるだけの実力を持っているこの男が、私をこうしてどこかへ連れて行こうとしている。つまり、今の段階では素直に従ってさえいれば、命を取られることはないということは確定事項だ。そもそもここで逃げようとしても私の実力では不可能なこともまた、確定事項である。
この男は私を一体どこへ連れて行くつもりなのだろう。先ほど通ってきた道とは違う道を歩かされているので、どこへ向かっているのかも分からない。
現状逃げ出す術がないとすると、連れて行かれた先で逃亡手段を考えなければならない。しかしもしその場所でもこの男が私の側にいた場合、私に逃げ出すチャンスはやってこない。
これはもしかしなくても、詰みってやつ?
私たちは城壁に近づいていっている。この辺に詳しいわけではないので確実にそうとは言えないが、おそらくその予想は間違っていない。つまり、宿とは正反対の方向だ。
拉致されているので当然のことではあるが、人通りの多いところには行く見込みがない。
男は黒い布で全身を覆っていて、目元が少し見えるだけだ。誰なのか全く分からない。と言っても知り合いはそう多くないので、おそらく見たこともない人なんだろう。
どうしよう。どうなるんだろう。あの獣人の子供たちのように奴隷にされるんだろうか?
まだ15歳とは言え、調教するには遅すぎる年齢な気がするんだけど。
ここで殺されないだけであとで殺されるのかな。いや、何で殺されなきゃいけないんだろう。
私はここで死ぬの?
異世界に来て真面目に働いていただけで、見ず知らずの人にこんな理不尽に殺されてしまうというのか。なぜ私なの。私が一体何をしたというんだ。
突然、隣を歩く男が後ろを振り返った。
どうしたんだろうと思った瞬間、突き飛ばされるような感覚と共に、地面に転がった。
予期せぬことでまともに受け身を取れず体を強かに打ち付けたが、そんなことを気にしている場合ではない。
急いで体を起こし男の方を見ると、男は誰かと鍔迫り合いをしていた。