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第216話 進退

 場所を確認しておきたいからと私と共に一度宿を訪れて、セスは知り合いの家へと帰っていった。


 何でもその人はロッソで開業しているドワーフの医術師だそうで、よくヨハンの元に来ていたらしい。その馴染みから、ロッソに来た時はいつも厄介になっているんだとか。

 当時を知る人物にちょっと会ってみたい。


 先ほどの狂気にまみえた時間は夢だったのかと思うほどに、店を出たセスはいつも通りだった。

 心配になって思わず胸に手をやると、先ほどセスに貰ったネックレスの宝石がその手の中で確かな存在を示していた。


「どうだったかな?」


 私が帰るなり部屋を訪ねてきたヘルムートは開口一番そう聞いた。


「僕はすべてを伝えました。セスもきっとすべてを伝えてくれた。でもそこにあったのは愛なんて綺麗なものじゃなくて……狂気を纏った醜い"何か"だった」


 その答えは要領を得ていなかったと思う。

 私がヘルムートの立場なら、何のこっちゃと思ったことだろう。


「綺麗な愛などあるものか」


 しかしヘルムートは満足そうに笑ってそう言った。


「誰かを愛するのも、誰かに愛されるのも命がけだ。綺麗に取りつくろったままで、命など懸けられるわけがない。自分の命を懸けた君と、君の命を犠牲にしたセスの間に醜い何かがあったと言うのならば、それこそが真の愛だ」


 まるで話を聞いていたかのようなことを言う。

 私はまだ、夢の続きでも見ているのだろうか。


「ともあれ、万事上手くいったというわけか。ここまで来てまだ君が迷っているようならこのまま攫うつもりでいたが、その必要はなさそうだな」


「……またまたぁ」


 不敵に笑って紡がれたその言葉を一瞬本気にしかけて、私はぎこちない笑みを返した。


「私は本気だよシエル。すべてを曝け出す覚悟ができない君を、セスの元に返してやる義理はないからね。君は一度私のものになったんだ。それを忘れないでもらおうか?」


「…………」


 ヘルムートは真顔だ。


 いや、待て待て。

 私を喰わせてくれればミトスまで連れて行ってあげると言っていた時には、そんなに狂気じみてなかったじゃないか。

 大切に想っている者を失くすのは辛いから、セスのためにも帰ってやったらどうだ。そんなスタンスだったじゃん。


 急にどうしたんだヘルムート。


 それともそう言っていた裏では今みたいなことを考えていたのか? そしてセスの前で、やっぱり返すのはやめたとか言って、掻っ攫っていくつもりでいたのか?


 そんなことをしてどうなる。貴方はモニカを今でも愛しているんだろう。意味が分からない。

 セスといい、ヘルムートといい、この世界の人間は全員こんな風に狂っているのか?


「そんなに警戒せずとも今の君をどうこうするつもりはない。その必要はなさそうだと言っただろう?」


 フッと表情を柔らかくしてヘルムートが言った。


 あぁ、びっくりした。


 別にこのまま攫われるなんて思ってはいなかったが、対処に困る。不必要なことは言わないでほしい。


「じゃあこれからどうするつもりなんですか? ヘルムートさんにも目的があって僕をここに連れてきたんですよね」


「……そうだな」


 私の質問に少し間を開けてヘルムートは頷いた。

 とりあえずこれ以上おかしなことを言われないようにと話題をすり替えてみたが、ヘルムートもこれ以上その話題に触れてはこなかった。


 ヘルムートは私をここに連れてきたことについて、利害の一致と言っていた。

 つまりミトスでやるべきことがあるはずだ。


「行くべきところがあるのだ。あまり時間も残されていないからな。できれば明日準備を整えて明後日には発ちたい」


「え……そんなに急にですか?」


 時間が残されていない、というのは、もうすぐ命が尽きるということだろうか。

 私を食べてからは出会った時のような具合の悪い感じは見受けられないのだが。


「君をセスの元に返す目的は達したからな。ここにいる理由はなくなった」


「どこへ、行くんですか?」


「……約束の地へ」


「約束の地……?」


 ずいぶんと抽象的だ。


 モニカを失い、ただ死を待つのみだったヘルムートに、誰かと交わした約束があるというのだろうか。

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