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第214話 狂気

「だからね、シエル。俺は愛なんてものは信じられない。信じたくない。信じて、それがまた嘘だったら俺はもう立ち直れない。だから君には男でいて欲しかった。君が女性なんだと打ち明けて来なければ、俺が君を女性として意識さえしなければ、俺たちは仲間でいられた。仲間なら、君を信じられた」


「…………」


 あぁ、ここでその話に繋がるのか。


 それだけの仕打ちを受ければセスがそう思ってしまうのは当然だろう。私だって同じ境遇になればきっと異性からの愛情なんて信じられなくなる。


「傷ついた? ごめんね。でもこれがこの前までの俺だよ。君が俺を助けるために命を犠牲にして、そこで初めて俺は君の"愛"が本物だったんだと信じることができたんだ。そこまでしてもらわなければ信じられなかった自分が許せなかったよ。なぜ君が生きているうちに信じてあげられなかったんだろうって……。なぜあの日に助けてと伸ばした君の手を、掴んであげられなかったんだろうって……!」


 顔を歪めてセスが言う。


 そうやって、リンクを出た先でセスは自分を責め続けたのだと思うと、ヘルムートに帰りたいか問われて悩んだ私も自分を許せなくなりそうだった。


 でももうそれも終わりだ。


 お互い疑心暗鬼になって時間を無駄にするのは、もうお終いにしよう。


「あぁ、傷ついた。僕はずっと貴方を愛していたのに、貴方は僕の愛を微塵も信じていなかったなんて。悲しくて、苦しくて、死んでしまいそうだ」


「……っ!」


「でも大丈夫。これから先、貴方が僕を心の底から信じ続けてくれれば、僕はまだ生きていける」


 笑みを浮かべて私は言った。


 多分、いや、確実に今までセスに見せたことのないような黒い笑みを浮かべていたと思う。

 そんな私を、セスは恐怖と驚きが混じったような目で見つめている。


 "セスがそう思うのは当然だよ。これから信じてくれればいい"、そんなことを言ったって、セスは"君ならそう言うと思った"なんて言いながら諦めたように笑うだけで、決して自分をゆるしはしないのだろう。


 そんな思いはもう、させたくない。

 それを後悔しているのなら、これからは狂おしい程に私を求めて欲しい。


 なら、知らしめなければ。私が狂おしい程にセスを求めていることを。


 もう後戻りは、できないのだから。


「よく覚えておいて。これから先、貴方が僕の愛を疑うようなら、貴方を殺して僕も死ぬから。僕はもう貴方なしでは生きていけないんだ」


 真剣な表情で真っ直ぐにセスを見据えて私は言った。

 セスを射抜くこの目を、セスもまた真剣な表情で真っ直ぐに見つめ返していたが、


「……これはこれは」


 フッと表情を崩して、ゾッとするような妖艶ようえんな笑みをたたえた。


「シエル。君には本当に驚かされるよ。まさか君が、そんなにも狂気に染まっていたなんて」


「……っ」


 今度は私が恐怖を感じる番だった。

 立っていたのなら、確実に後ずさりしただろう。

 まるで夢でも見ているのかと錯覚してしまうほどにその笑みは美しく、恐ろしかった。


「俺が君をそこまで狂わせてしまったのなら、責任重大だね。でも君はそれでいい。そうやって、これから先もずっと俺にとらわれていればいい」




 狂っているのは、一体どっちだよ。




「……なんてね。ごめん、君があまりにも意外な一面を見せるから、悔しくなったんだ。君にはまだまだ俺の知らない部分がたくさんあるんだってね」


「…………」


 その言葉をそっくりそのまま返したい。


 悪戯が見つかってしまって開き直る子供みたいに笑うセスを、私は今一体どんな顔で見つめているだろうか。

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