第213話 ユスカ・2
「天性の暗殺者……? ほとんど相打ち状態だったっていう?」
「そう。どうせ死ぬならと相打ちに持ち込んで……そこで俺だけヨハンに命を救われた」
私の言葉にセスは頷いた。
「え、待って……じゃあ、ユスカさんは?」
その後、セスはヨハンの元で20年という長い期間従事することになる。その時の話に、ユスカは出てこなかった。
「ヨハンさんに、別れさせられたってこと?」
本来なら死んでいたはずなのだから目的も捨てられるだろう。ヨハンはそう言ってセスを強引に使っていたと聞いた。
ユスカの元に戻ることすら、許されなかったということだろうか。それじゃ……それじゃあんまりじゃなかろうか。
「違う。違うんだ。その暗殺者が……ユスカだったんだよ」
「……え?」
思考を中断するように告げられたその一言を、私はすぐに理解できなかった。
「どういうこと? ユスカさんと……恋仲だったんだよね? それにユスカさんは魔術師でしょ? 魔術師の……暗殺者?」
思考が追いつかない。暗殺者は皆セスみたいに武術に長けている人間なんだと思っていたのだが、違うのだろうか。
ユスカはヒューマの魔術師だ。詠唱だって必要だし、暗殺に向いているとは到底思えない。
何より、ユスカはセスと恋仲だった。なのに、何故セスの命を……?
「そうだね。魔術師だ。魔術師だと……思っていた。でも声が……死ぬ間際に発した声が、ユスカだったんだ。俺は信じられなくて……聞き間違いだと思いたくて、その暗殺者が着けていた仮面を取った。嘘であってほしいと思ったけど、そこにいたのは紛れもなくユスカだった」
「…………」
苦しそうに言葉を紡ぐセスに、私は何も言えなかった。
どんな言葉も今は、セスの心を抉ってしまう気がして。
「俺の命を繋いだ後にヨハンがそこに戻ったら、もうユスカの死体はなかったそうだ。おそらくユスカは組織に属する暗殺者で、その組織の人間がユスカの死体を片づけたんだろう」
「じゃあ……じゃあ、ユスカさんは最初からそうするつもりでセスに近づいたの? 護衛依頼の時から……?」
「そうだろうね。秘石を欲した誰かが俺を殺すように依頼して、それを請け負った組織に属する暗殺者だった。偶然を装って近づいて、確実に俺を殺せるよう、1年という期間を使って俺のすべてを調べ上げた。魔術師であったことも、名前も、俺への愛も、すべてが嘘だったんだ」
「そんな……」
すべてが嘘だったというのなら、あまりにも酷い。
本当にそこにセスへの愛情はなかったのだろうか?
少しの真実もなかったのだろうか?
「驚いたよ。ユスカは魔術師として遜色なかった。俺といた1年でも、武術的に長けた部分なんて少しも見受けられなかった。さらに驚いたのが、俺に向けていた好意がすべて嘘だったことだ。俺に笑顔を向けていたその裏で、俺に愛していると紡いでいたその裏で、ユスカは俺を殺すことだけを考えていたなんて」
自嘲するかのような笑みだった。
この話を聞いただけでも、苦しくて、悲しくて、辛くて、胸が痛くなる。
実際に1年ユスカと過ごして、ユスカと愛し合ったセスが感じた絶望は想像を絶するに余りある。
私だったら立ち直れない。
「考えてみれば、一族の女が暗殺を行う際にも同じ手法はよく用いられていた。女は嘘が得意な生き物なんだということを忘れていたよ。まさか俺がその対象になるなんて思ってもみなかったからね。だから俺はユスカを恨んだ。なぜユスカだと気づく前に殺してくれなかったんだって。こんな絶望を味わうくらいなら、ユスカの愛が嘘になる前に死んでしまいたかった」
泣いている。
涙は出ていない。
でも泣いている。
苦しそうなセスの表情が、絞り出すようなセスの声が、泣いている。




