第203話 帰路・1
「モニカが生き返らない限り、私に空いた穴は埋まらない。どれだけ時間をかけても、何をしようともだ。そして、もしお前に空いた穴を誰かが埋めてくれるというなら、それは私ではない」
「……そうか」
ヘルムートの言葉に、ゲオルグはただそれだけを答えた。
白い炎に仄かに照らされたゲオルグの表情はとても悲しげで、今にも泣き出しそうに見えた。
「さらばだゲオルグ。お前には世話になった」
「ゲオルグさん……ありがとうございました」
「……ああ」
何ともあっさりした別れの挨拶を交わして、ヘルムートと私は夜の闇へと足を踏み入れた。
「ヘルムートさん……火を灯しましょうか?」
レオと呼ばれた白い獣は、辺りが真っ暗にもかかわらずしっかりした足取りで走っている。
しかし自分の姿さえ見えないほどの深い闇にどうしても不安が掻き立てられ、私はヘルムートにそう問いかけた。
「大丈夫だ。君は見えないのかもしれないがレオには見えているし、私にも見えている」
「見えているんですか……? こんなに暗いのに……」
「レオはイディラという種類の魔獣なんだが、元々は夜行性なんだ。それに、私は魔族だからね」
「そうなんですね……」
レオはともかく、魔族は夜でも周りが普通に見える、ということだろうか。
でもそうか、だからニルヴァには男に攫われた私のことが見えていたのか。今まで疑問に持つこともなかったが、あの時かなり周りは暗かったはずだ。ヒューマだったら私だと断定することは難しかったかもしれない。
そんなことに、今さら気づくなんて。
「不安なら眠ってしまえばいい。体も辛いのだろう。レオに体を預けるといい」
「そう、ですね……。そうさせてもらいます……」
確かにその通りなので、ここはヘルムートの言葉に甘えることにした。
ゲオルグに連れて来られた時と同じくヘルムートの前に座っているので、抱き付くようにレオの背に体を預ける。振動が心地よく、私はほどなくして眠りに落ちた。
目が覚めた時には、辺りは薄っすらと明るみ始めていた。
こんな体勢だったのに、ずいぶんと眠ってしまったようだ。
「起きたか」
「……すみません、結構寝てしまったみたいで……」
「いや、構わない。眠れるならいくらでも眠るといい。一度休憩を取ろうか」
そう言いながらヘルムートはレオに指示を出して止まらせた。
ヘルムートがレオから降りたので、それにならって私も降りる。眠ったというのに、体が鉛のように重く、呼吸もここを出た時より苦しい。
「レオに水をやってほしいのだができるか?」
「はい、大丈夫です」
ヘルムートの問いかけに平静を装って答え、両手に水を湧かせてレオの口元へと持って行った。
特に警戒することもなく、私の手から水を飲んでくれている。舌がざらざらとしていて本当に猫のようだ。
「何か食べるか? 保存食は軽く持ってきているが」
「いえ、今は大丈夫です……」
気を遣って聞いてくれたが、食欲はあまりない。ヘルムートの家で食べてから大して動いてもいないし。
「ヘルムートさん、あの村の人たちに挨拶をしないでよかったんですか?」
草原に腰を下ろしているヘルムートの隣に座りながら私は話しかけた。
結局、一度もあの村の住人と顔を合わせることはなかった。私は別にそれで困ることはないが、ヘルムートはあの家に住んでいたはず。戻らないつもりでいるのならば、別れの挨拶をした方がよかったのではないだろうか。
「別に構わない。私は居候のようなものだったからな」
ヘルムートは表情を変えることなくそう答えた。
「そうですか……」
ずいぶんと希薄な人間関係だ。
日本ですらあまり付き合いがなくとも引っ越す時には隣の家に挨拶に行くというのに。この世界ではこれが普通なのだろうか。
あっさりしすぎて何だか寂しく感じる。




