第197話 廻し餌
「……廻し餌にするためだ」
長い沈黙を経てヘルムートが口を開いた。
「廻し餌……?」
確かゲオルグもその単語を口にしていた。
餌を回すという言葉から察するにあまりいい意味ではなさそうだな。
「クビト族は血を与えることで傷を癒す能力を有している。だから、人を喰ってその傷を癒し、また喰う。1人の人間をそうやって餌にし続けることを、廻し餌という」
「…………」
生きたまま喰われて治癒されてまた喰われる。そんなの拷問より酷い。拷問なら聞かれたことを吐けば終わるがこれは終わらない。体の自由を奪われて、力も封じられて自分で死ぬことすら叶わない状況で、永遠に苦痛を与えられる。
そのために私は生きたまま連れて来られたなんてゾッとするどころの話じゃない。
「……餌にされる側はたまったものではないだろう。クビト族に会ったら即座に命を絶て、などと言われているくらいだ。だが我々とて情というものがあるのでな。死んだ人間の肉を喰う者がほとんどだ」
クビト族は血も涙もない悪魔、というわけではないようだ。
まぁ、元々ヘルムートに私を餌とする気はないようだが、いつ気が変わるとも分からない。今のうちに殺してもらえるようお願いしておこう。
「……じゃあ、僕を殺してもらえませんか。今の貴方に僕を廻し餌にするつもりは、ないんですよね」
「……ない。それを分かった上で君は私に殺してほしいと懇願するのか。なぜ助けを乞わない? 今すぐ神力が尽きるというわけではなさそうだが」
怪訝そうな表情でヘルムートが問う。
確かにヘルムートならば頼めば私を解放してくれるかもしれないが、それだけでは解決しない。私はゲオルグに術を封じられているのだ。
「貴方が助けてくれたとしても……ゲオルグさんは納得しないでしょう。そこで素直に納得して術を解いてくれるなら、きっと僕たちを追ってはこなかった。確かに、今すぐ神力が尽きるということはないですが、リンクまで行けるかと言ったら難しい……。カデムもミトスに逃がしてしまったので……」
今の神力残量は2000ほどだ。もう体もだいぶ辛い。
リッキーもいない今の状態でここから歩いたら何日かかるか分からないし、森にはカーダもいる。とてもじゃないが無事にたどり着けるとは思えない。
「もし君が私が出す条件を呑むというのならば、そのすべての問題を解決することは可能だ。君は生きてミトスに帰れるだろう」
「……条件?」
願ってもない申し出ではあるが、あまりいい条件だとは思えない。
ヘルムートは死を望んでいるのだ。助ける代わりに殺してほしいとでも言いだすのではないだろうか。おそらくヘルムートが自分で自分の命を絶たないのは、そうすると魂が消滅すると信じているからだろう。ゲオルグはヘルムートを生かしたいのだから望みを叶えることはしないし、これはヘルムートにとって絶好の機会でもあるはずだ。
「一度だけ、君を喰わせてほしい。そうすれば君を連れてミトスに行くくらいならできるだろう。ただ、なるべく苦痛を少なくする方法は取るが、それでもかなり辛い思いはさせることになる。だからそれを望まないというのならば、ここで一思いに殺してあげても私は構わない。さぁ、どうする?」
「…………」
違った。予想外過ぎた。
かなり究極の選択だ。
怖い。どうしよう。もう痛いのは嫌だ。確かにミトスに帰りたいけど、セスはもう私は死んだと思っているはずだし、ミトスに帰っても会えるかどうか分からない。だったらいっそ、ここで楽にしてもらったほうがいいのではないか……。
「……悩んでいるようだな」
ヘルムートが私を見下ろして言った。
その表情は真剣で、どの言葉にも嘘がないのだとわかる。身を差し出せば本当に生きてミトスに帰れるのだろう。
でも、じゃあお願いしますだなんて、そう簡単に口にできない。
「……はい」
「君が逃がした天族は、君とどういう関係だったんだ? 仲間か? 恋仲か?」
「恋っ……!?」
ヘルムートはゲオルグからセスの性別を聞いていないのか。私のことを一度"少年"と呼んでいたので、私が男なことは分かっているようだし。
でも、そういうことなら少し自分の気持ちを話してみてもいいかもしれない。




