第1話 転生
「よし、初めての街に降り立った記念に一緒に風呂入るか! シエル」
「無理ですね」
全く意味の分からないことをニコニコした顔で言う父、リンクスに私は即答した。
「お前……言葉も喋れない赤子の時から断固として俺との風呂を拒否してるよな……」
わざとらしい仕草で父がガックリと肩を落とす。
正直こういったやり取りは今までに数えきれないほどやってきているので、父も今さら私が首を縦に振るとは思っていないだろう。
「お風呂くらいゆっくり1人で入らせてください。ほら、部屋にちゃんと付いてるじゃないですか。僕はこっちに入るんで、父さんはどうぞ大浴場行ってください」
「俺、男の子が生まれたら一緒に風呂入るのが夢だったのに……」
これまた聞き飽きた台詞を言う父を無視して部屋に備え付けられている浴室へと入った。
何回言われても無理なものは無理だ。
普通であれば男同士、裸の付き合いというのもあるのかもしれないが、あいにく持って生まれた前世の記憶が邪魔をする。
だから無理なのだ。
体は男でも、中身が女の私には。
私は、ごく普通の女の子だった。
両親がいて、年の離れた弟がいて、友達もそれなりにいて。
充実していたなんて自覚はなかったけれど、今思えばまぁ、充実していたんだろうと思う。
しかしそんな日々は唐突に終わった。
13歳の誕生日に、私のバースデーケーキを買いに行った両親と弟が事故で死んだ。
その日は日曜日だったけれど、私は部活でいなかった。
私のためなんて言いながら、まだ5歳だった弟が何のケーキにしようかなと、朝嬉しそうに話していたのを横目に家を出たのを覚えている。
原型を留めていなかった車内には、同じく原型を留めていなかったケーキがあったらしい。弟が何のケーキを選んだのか私は見ていない。そもそも何のケーキか分からなそうなそれを見たくなかった。
私のせいで。そんな風に自分を責める日々が続いた。
私を心配して学校の先生や親戚、近所の人たちが声をかけてくれたが、誰から何と言われようが、何の慰めにもならなかった。
家族が死んでからは隣町に住んでいた母の妹に引き取られた。
しかし叔母はそんな私に無関心で、転校先の学校にもなじめずに家族の死から立ち直ることもできなかった。
結果、立派な引きこもりになってしまった私は、ひたすら漫画やゲームに明け暮れた。いっそ死んでしまおうかと思ったけれど、情けないことにそんな勇気は出なかった。
20歳になったらアルバイトを始めた。
いきなり人と接する仕事は無理そうなので、作業系のアルバイトを選んだ。
それから1年。思い起こせばよく1年もバイトを続けられたなと思う。
仕事自体は簡単だから慣れてしまえばなんてことなかったし、人との関わりも最低限だけで済んでいる。それがよかったのだろう。
今日は私の21歳の誕生日だ。がんばった自分へのプレゼントに課金でもしよう。そんなことを考えてバイトの帰り道、青信号の横断歩道を渡った。
鳴り響くクラクションの音。
目前に迫るトラック。
そして体に感じた一瞬の強い衝撃。
……それが私の最後の記憶だった。
目が覚めたら、何だかよく分からないことになっていた。
生きていたのかと安堵したのも束の間、目を開けても白く光ってよく見えないし、体もあまり動かせない。おまけに全く聞いたことのない言語が聞こえてきて、私はかなりのパニック状態に陥った。
それが"生まれ変わり"だと理解できるまでは。
両の手から沸き上げたお湯をバスタブに流し込む。
それは私の意思によってどこからともなく創られ、手から離れていく。
そう、私は生まれ変わった。まるでゲームのようなファンタジー世界に。しかも誰しも一度は耳にしたことがあるだろう、エルフという種族として。
一体何の冗談なのかと思ったが、こんな世界で15年も生活していれば嫌でも順応してくる。
俗に言う"魔法"もずいぶんと上手く扱えるようになった。
まぁ、元々そういう世界観が好きだったのもあり、現実を受け止めてからは前向きに生きてきたつもりだ。
男として生まれてきたこと以外は。