第194話 絶望・3
あれから、どれくらい時間が経過したのだろうか。
ルブラは朝も昼も薄暗く、周りの景色から時間を判別することは難しい。
ただ森は抜けているのでおそらく1日以上は経過しているのだろう。それだけ時間が経過すればもう、セスは私が戻っては来ないと悟ったはずだ。
他の魔族があのリンクからミトスに行く可能性もあるのだから、なるべく早く安全な場所に移動してほしい。無事に逃げ延びてくれなければ報われない。
どんな表情でセスは私を諦めるのだろうか。ふと、そんなことが気になった。
夜が来る前にあの村に着いた。
木でできた小屋が静かに立ち並んでいる集落の外には、相変わらず誰の姿も見受けられない。
ゲオルグはその内の1つの小屋の近くに白い獣を繋ぎ、私を担いでその建物の中へと入った。
入って最初の部屋はキッチン、テーブル、椅子が置かれていて、いわゆるダイニングキッチンだった。ただその部屋は6畳くらいのこじんまりしたもので、あまり使われているような形跡はない。
そこを通過し、奥の部屋へと入るとそこは寝室だった。奥のベッドに誰かが寝ている。
「……ぐぁっ!」
その人物を確認する前にゲオルグが乱暴に私を床へと下ろした。
体を打ち付けた痛みと、傷の痛みがダブルで襲ってきて思わず声を上げて悶えてしまった。
「餌だ。予定が狂って天族は手に入れられなかったが、生きたエルフを連れてきた」
ゲオルグが静かに言う。
「本当に連れてきたのか……」
ベッドに寝ていた人物は上体を起こして静かに私を見下ろしながらそう言った。
真っ白な長いストレートの髪に深い緑の瞳をした綺麗な顔の男性だった。見た目だけを取って見れば、ヒューマとそう変わりはない。
ゲオルグに餌として連れて行かれた時点で物理的に体を食べられるのだろうと思っていたのだが、この男はとてもじゃないが人肉を食すような人種には見えない。食べるの意味合いが違うのだろうか。
「エルフ……このルブラでは辛いだろうに……」
憐れむように男が言う。
その表情も同様に憐れみに満ちていた。
「直に神力が尽きて死ぬだろうが、それまで廻し餌にできるだろう。いい加減、喰わぬとは言わせんぞ」
男の言葉を無視してゲオルグが苛立ったように言う。
そして私の両手首を後ろ手にして鉄枷を嵌め、鎖をベッドの足に括り付けた。
「神術は封じてある。明日の朝また来るからそれまでには喰えよ。いいな」
そう言い残してゲオルグは部屋から出て行った。
状況がいまいち把握できないがどっちにしろ私はここで死ぬのだろうし、考えるだけ無駄だ。
喰うというのであればできればその前に殺してほしい。それだけでも頼んでみよう。
「勝手なことを……」
男がそう言いながらベッドを下り、私の側に屈みこんだ。
何故か少し息苦しそうで、顔色があまり良くない。まだ夜でもないのにベッドで寝ていたし、病人なのだろうか。
「少年、神力が得られず苦しいだろう……。それに、ずいぶんと深手を負っているようだ」
「……貴方……は……」
予想外に優しい言葉をかけられ正直、困惑した。
ゲオルグはこの男の餌とするためにセスの屍を拾いに来て、それが叶わなかったから私を連れ去った。となれば、この男は決して味方ではないはずだ。
「話は後にして、とりあえず傷を癒そう」
男が枕元に置いてあった短剣で自分の腕を切りつけ、傷口を私の口へと押し当てた。
「……!?」
「飲みなさい」
口の中に流れ込んだ男の血は、なぜかとても甘く感じた。
鉄の味ではなく、まるでジュースのように甘くて美味しい。一体どうなっているのだろう。
「……ん……っ!」
とは言え、血を飲むなんてさすがに抵抗がある。
拒もうと顔を背けようとしたが、しかし男はそれを許さなかった。
「飲みなさい。私の血には傷を癒す力がある。その傷では辛いだろう」
私の顎を強く掴み無理やり口に血を流しこまれる。
美味しい。
他人の血を口にしてこんな風に感じる自分に嫌悪感を抱く。が、正直に言えばもっと欲しい。もっともっと、味わいたい。
どうせ男が強く押さえつけていて口を離すことは叶わないのだ。私は素直にその血を体に流し込んだ。




