第184話 ゲオルグ・1
私が近づいてくるのに気づいた男は、特に身構えるでもなく怯えるでもなく、その場で止まってその接近を待っていた。
「エルフ……?」
そして私の姿を確認すると、驚きの表情を浮かべてそう言った。
「すみません、お聞きしたいことがあるんです。どうか僕の話を聞いていただけませんか」
リッキーから降りて、両手を顔の横まで上げて私は男に言った。
戦意がないことを示すためだ。この辺はどの世界でも意味合いは変わらない。
「エルフが、なぜここに……?」
男がミトス語でそう言った。どうやら言葉は通じるようだ。
ひとまずいきなり襲いかかられるようなことはなかったので、私はもう少し男に近づいた。
男は、短く切った黒い髪に同色の瞳で、見た目的にはヒューマとさほど変わらないし日本人を思わせるような風貌だが、額に2本の角が生えていた。
確かカルナへの定期便で、この種族の人と同じ馬車になった気がする。
背はおそらく2m近くある。体格もがっちりしていて、露出されている腕にはいくつもの傷跡が刻まれていた。
これは歴戦の戦士だ。正直、戦いになったら勝てるとは思えない。
何とか穏便に済まさなければ。
「全部、説明します。だからお願いします。話を聞いてください」
「分かった。話すといい」
男はそう言って白い獣から降り、胡坐をかいて座った。
きっとそれが戦意のないことの表れなのだろう。私も同様に男の正面に正座した。
ここに来た経緯と、今の状況を話すと男は険しい顔をした。
ちなみにこの男の名はゲオルグ。ヴォルデマ族、という種族らしい。
「リンク周辺の森はカーダという蜘蛛の巣窟だ。カーダは体が大きい割には足が速く、獰猛なモンスターだ。お前と、その天族の2人ではあそこを突破するのは難しいだろう」
聞いてよかったのか、聞かない方がよかったのか、判断が難しいほどに絶望的な気分になった。
「だが、あそこでなければ天族の神力がもたないだろう。近くに他のリンクはないからな」
天高く聳える円柱状の光をリンクというのなら、見える範囲にはあれ以外にない。ゲオルグの言葉に嘘はないだろう。
「ちなみに、ミトスへの転移術を使える人はいませんか? 例えば、あの村に」
ゲオルグが向かおうとしていた村を指さして、私は聞いた。
「あそこはミトスの言葉で言うなら、スラムだ。力の弱いものや年老いたものが住む村。転移術ができる人間などいない」
私の言葉にゲオルグは首を振って答えた。
まぁ、そうであろうとは思っていた。あの外観ではあまり豊かではなさそうだからな。
だとすると選択肢は残されていない。結局のところ私たちはあのリンクから帰るしか道はないのだ。
「では、もう1つ教えてください。僕たちがあの村の側を通っても、襲われたりしませんか?」
「あの村の側まででいいなら、俺が一緒に行こう。何かあってもお前たちに手出しはさせない」
それは願ってもない申し出だ。強そうな人なので、できたらリンクまで一緒に来てほしいくらいだ。まぁ、そこまでのわがままは言えないが。
「ありがとうございます。では、仲間を連れて来るので待っていただけますか?」
「ああ、構わん」
セスの元に戻りゲオルグのことを伝えると、セスは分かったとだけ言った。
あれだけ反対していた割には、戻ってきた私を咎めることもしなかった。
「おい、お前。カデムに乗ることはできるか」
ゲオルグと合流すると、すぐさまゲオルグはセスにそう聞いた。
「難しいです……。体の痺れで上手く、手綱を握れそうにない」
荷台にもたれかかって座ったまま、セスは答えた。
「馬車があってはなおさらあの森を突破するのは難しいぞ。カデムに1人ずつ乗って強行突破を試みればまだ可能性はあるんだが」
「……なるほど。あの森には、ずいぶんと強いモンスターがいるようですね。なら囮くらいには、なれるでしょう」
ゲオルグの言葉にセスは至極真面目そうな顔でそう言った。
この期に及んでまだそんなことを言うのか。
「……セス」
「2人で死ぬことに、何の意味がある。天族がルブラに落ちた時点で生きて出られる可能性は低い。それはもう、仕方のないことなんだ。頼むから君も割り切ってくれ」
私の言葉を遮ってセスが言う。
「割り切れるわけないだろ……! 僕は諦めないからね。絶対全員でミトスに帰る」
「…………」
絞り出すように言ったその言葉に、セスもゲオルグも何も言わなかった。




