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第179話 ルブラ・1

 聞き捨てならない単語が聞こえた。


 ルブラ? ここが、ルブラだというのか。


 界を跨いだ転移ができる人間もいるとリィンが言っていたが、まさか自分たちがそれを体験することになるなんて思わなかった。

 その言葉通り、ここがルブラなんだとしたらこの体の重さと息苦しさに納得がいく。

 このままここにいたのでは危ない。この女に殺されなくとも神力がなくなって死ぬ。私よりも、セスがまず先に。


「苦しいでしょう? 体が痺れて動けないでしょう?」


 女が愉快そうに言う。その言葉はおそらくセスへと向けられている。

 それを聞いてもセスは膝をついたまま動かないので、女の言う通りなのだろう。


 私は歩を進め、うずくまるセスの前に立ち女と対峙した。自分でも驚くほど冷静だった。女は相変わらず凍りつくような殺気を放っているのに不思議と恐怖は感じない。

 それどころか、あまりにも理不尽なこの状況に怒りさえ覚えた。


 私たちは森の中で出会った見ず知らずの女に命を狙われたばかりか、ルブラまで転移させられたのだ。しかもこの女を倒したところで、神力が切れるまでにルブラから脱出できなければ結局のところ死ぬ。


 ミトスから安全にアルディナに渡る場所が2か所しかないことを考えると、私たちがルブラから脱出するのはかなり難しいことであるのは予想できる。

 ならば、この女を倒して無理矢理ミトスに戻してもらうしかない。


 女はセスの前に立つ私を見て、さらに笑みを深めた。


「シエル……」


 セスが私の名を呼ぶ。その声は苦しげだ。


「逃げろ……君だけでも……」


 言うと思った。


 転移される前に私だけでも陣から出ろと言っていたので、セスがそういう考えであることは分かっている。


「いやだと言ったはずだよ」


 私はセスの方を見ずにそう言った。

 見ることができなかったという方が正しい。確実に私は今怒りを表情に出しているし、振り返った瞬間に女が仕掛けてきたら対処も遅れる。

 でもそれで私の意思がかたくなであることを察してほしい。みんなを犠牲に、1人だけ助かっても意味がないのだ。


「あらあら。立派なことね。でも別にいいのよ? 貴方1人なら見逃してあげても。後ろのリンクが見えるかしら? あそこからミトスに帰れるわ」


 その言葉に思わず勢いよく後ろを振り返って確認してしまった。

 天高くそびえるオレンジ色の光の円柱を視界に入れてから敵前なことを思い出し、慌てて前を向く。

 しかし後ろを振り向いている間に仕掛けてきたら、という心配は無用だった。女は笑みを浮かべたまま、ずっと私を見つめている。


 この女が言っていることは本当のようだ。あの光はデッドラインの山肌に入っていた亀裂が発する光と同じだった。

 ただここからでは大分遠い。あそこまでセスの神力がもつのか予測がつかない。


「仲間を見捨てて逃げるつもりはない。あそこまで行く必要もない。お前を倒してミトスに転移させる」


「ふふっ」


 私の言葉に、女は声を出して笑った。

 不快だ。馬鹿にしているような笑みだった。


「残念ながら私に貴方たちをミトスに転移させる力はないわ。あれは転移術じゃないもの。私にできるのはルブラに繋がるゲートを開くことだけ。ゲートを開いて使役獣を呼び出し、ゲートを開いて使役獣を送り返す。ただ、それだけ。今だって同じ原理で貴方たちをゲートからルブラに落としただけよ」


「……っ」


 事細かな説明に、絶望的な気分になった。

 きっとそれは嘘ではない。となると、この女にセスを見逃す気がない以上、倒してあのリンクからミトスに戻るしか方法がないことになる。

 いや、目に見える範囲にミトスに戻れるリンクがあることを幸いと思うべきか。


「あのリンクはミトスのどこに出る?」


「おそらくあれはロッソ付近へ繋がる単独リンクね。ミトスからランダムで落ちてきたから、ここがどこか分かるまで確実とは言えないけれど。もしあれが本当にそうなら、出た先は安全よ。その代わり、リンクのこちら側は危険だけどね」


 ロッソがどこだかよく分からないが、女は私の質問に意外にも素直に答えてくれた。しかも、聞いていないことまでペラペラと。

 私が今知りたいと思っている情報は全部くれた。


「教えてくれて……ありがと!!」


 そう言いながら私は女に向かってかまいたちを放った。

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