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第174話 人を殺すということ

「うっ……」


 酷い吐き気がする。

 不快感に逆らわず、私はその場でうずくまって嘔吐した。


「……っ!」


 いつの間にかそんな私をセスが見下ろしていた。

 先程までの冷たい表情ではない。切ないような、憐れむような、そんな表情だった。


「カデムを繋いでおくから、落ち着いたら御者席に乗って。ゆっくりでいいから」


 そう言い残してセスはまた私の元から去っていった。


 セスが何の感情も持たずに人を殺せることは知っていた。自分でそう言っていたし、リィンからもそう聞いた。暗殺者として、人を殺す仕事をしてきたことも知っている。

 それでも実際にセスが何の躊躇ためらいもなく人を殺すところを見て、本当に別の世界で生きてきた人間なんだと改めて思い知った。私には理解できない。


 ゆっくりでいいと言われても、セスが殺した男の傍でいつまでもうずくまっているのも嫌だ。私はすぐに立ち上がって馬車の御者席へと腰かけた。

 馬車にはリッキーしか繋がれていない。セスはライムの傍らで松明を持って立っていた。


「もういいの?」


「……うん」


「じゃあ、出発するよ。いつまでもここにいるのは危ないからね。手綱を頼むよ。俺は松明を持って先導するから」


「……うん」


 セスの言葉に力なく返事をして私は手綱を握った。

 それを確認するとセスはライムに跨り、馬車の前を先導し始めた。私が何かせずともリッキーはそれに続いて行く。お利口さんな子だ。






 セスが握る松明の光が辺りをぼんやりと照らしている。

 だいぶ森が深くなってきた。もう森に入った、と言ってもよさそうな感じだ。道幅もだいぶ狭くなってきていて、所々に馬車がすれ違うための退避場所が設けられている。


 正直、今は思考を放棄してただぼんやりとしていたい。なのに、森が深くなるにつれモンスターがちょこちょこと出てくるようになった。

 それを退治するのは基本的には私だ。何かが来る、という合図はセスがしてくれるので、その言葉通りに来たモンスターをシューティングゲームのようにただ無心で迎え撃った。


 朝が来た。

 葉や枝の隙間から日が差し込み、森の中はだいぶ明るい。

 暗い時には見えなかったが、ずいぶんと広い森のようだ。目に見える範囲はずっと森が続いている。

 退避場所に馬車を寄せて、私たちは久しぶりの休憩を取った。

 こんなところで料理もできないので、調理の必要すらない保存食を開けた。あまり食欲はないが、無理やりそれを飲み込む。


「少し、自分の気持ちを整理した方がいいんじゃないかな」


 唐突に、セスがそう口にした。

 何の事かは聞かなくても分かる。ただ、それを今考えたところで纏まるのだろうか。


「結局のところ、割り切るしかない気がする……」


 久しぶりに発した言葉は少し掠れていた。


「どう割り切るの? 次からは君も人を殺せるの? それとも、俺がそうするのを容認はしても、君は人を殺さないことを貫くの?」


「…………」


 ずいぶん深く踏み込んでくる。

 そんなこと、今すぐこうしますなんて決められない。


「分からないよ……」


「いいや、君は分かっているはずだ。分かっているのに、認めるのを放棄している。ちゃんと自分の気持ちに向き合うんだ。迷いは命取りになる」


「…………」


 見透かすような言葉と視線に耐えられず、私はセスから目を逸らした。


「認められないならはっきり言ってあげるよ。君は人を殺せない」


「……どうしてそう言い切れるの」


 確信めいた言葉に、若干のイラつきを覚えた。

 それは認めたくない部分を無理やり露呈ろていさせられたからなのか、それともそれができない自分への苛立ちなのか。


「分かるからだよ。人を殺してきたからこそ、俺にはそれができない人間が分かる」


「……自分が本当に殺されるってなったらできるかもしれない」


「君はその瞬間に必ず迷う。そうしなければならないことは分かっていても、元の世界で刷り込まれた"人殺しは悪"という考えが邪魔をする。その瞬間の迷いが君を殺す」


 元の世界で刷り込まれた、なんてまるで見てきたかのように言う。

 でもそうか、この人は知っている。ヨハンから聞いて、私が生きてきたの世界のこともある程度知っているのだ。

 それにしてもこうもはっきり言われると冒険者をやめろと言われているみたいに感じる。実際その通りなのかもしれないけれど、今こんな言い方をされるとさすがにへこむ。


「じゃあ、もう、僕はいつかその考えに殺されるんだろう。これで、満足?」


 自暴自棄になって勢いで言葉を紡ぐ。

 あぁ、嫌な言い方だ。こんなことを言ってしまってはセスは気を悪くするだろう。


 私のために気持ちを整理する機会をくれたというのに。

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