第173話 奇襲・2
残酷な描写があります。ご注意ください。
私の手前、10mくらい場所にある深い水溜まりに敵が足を入れる。
その瞬間、私は水から温度を奪い凍らせた。
「なっ……!?」
踏み入れた足が氷の中に閉じ込められ、敵が前のめりに倒れる。声からして、この人もまた男性のようだ。
しかし驚いていた割には立て直しが早い。男はすぐさま体を起こし、剣を足元の氷へと突き刺そうとしている。おそらく気を纏い、氷を破壊しようとしているのだろう。
だが私も易々とそれをやらせるつもりはない。今の内に仕留めなければ。
私はそれなりの強度とスピードを出してサッカーボール大の石つぶてを5つ放った。
「くっ……!」
男が氷を割ることを後回しにし、私の石つぶてを相殺しようと剣を振る。
が、それで相殺できたのは2つだけだった。残りの3つが肩とお腹、足へと当たり、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
おそらく今のを見るに、先程の無数の石つぶてが当たらなかったのはきっと仲間を盾にしたのだろう。あれをすべて相殺できたのなら、今のだってできたはずだ。
「大丈夫だっただろう? こいつらは野盗だね。この辺りにはよく出る」
不意に背後から声がかかり振り向くと、セスが荷台の向こう側に立っていた。
焚き火の周りに人が倒れている。見える範囲には5人。どの人も夥しい量の血溜まりの中に倒れていた。
「……殺したの?」
その凄惨な光景に僅かに体が震えた。
「殺したよ。そして今から君が殺さなかった3人を殺してくる」
セスは"買い物に行ってくる"くらいの軽い感じでそう言い、荷台を回り込み3人の元へと歩いていく。
「ま、待って……!」
荷台から降り、慌ててセスを追いかけて剣を握る腕を掴んだ。
セスはその手を振りほどくことなく足を止め、振り返った。
「なに?」
氷のような冷たい表情で、私を見下ろしている。
「……っ」
恐怖を感じた。
冷酷な表情を見せるセスに。
これから行われるであろう残酷な行為に。
すでに行われた凄惨な振る舞いに。
その全てに私は震え上がるほどの恐怖を感じた。
この手の震えもきっとセスに伝わっているだろう。
「殺すなって? 今行われていたのは命のやり取りだよ。剣を握って敵意を向けた以上、命を奪われても文句は言えない」
私の思考を見透かしたようにセスが淡々と言う。
それはそうなのだろう。理屈としては分かる。
「でも、わざわざ殺さなくても……」
「そんな甘い考えをしていては、いつか足を掬われるよ」
「…………」
確かにセスの言う通り私は甘いのかもしれない。彼らは確実に私たちを殺すつもりであったし、ここで見逃したら再び襲われる可能性だって0ではない。
それでも今から人を殺しますと宣言されて、どうぞと言えるメンタルは持ち合わせていない。
「君がやれないであろうことは分かっている。それについては君が自分で結論を出すことだから、俺から強要するつもりはない。だから、今は俺が俺のためにやる。見たくないなら見なくていい」
そう言いながらセスが手を引く。震えて力の入らない私の手は簡単に振りほどかれてしまい、そのまま私に背を向けて歩いていくセスを、ただ見つめることしかできなかった。
「…………」
見たくない。だけど目を逸らせない。
金縛りにあったみたいに、体が動かなかった。
そんな私を気にする様子も見せずに、セスは仰向けに倒れている男の傍らに立ち、躊躇いもなくその胸に剣を突き刺した。
意識がないはずのその体は一度だけ大きく跳ね、無情にも血が流れ広がっていく。
男を見下ろすセスの横顔は髪に隠れて見えない。一体どんな表情でその剣を握っているのだろう。
その後すぐにセスは剣を引き抜き、闇の中に倒れている2人の元へと歩いていった。




