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第10話 善と悪・4

 翌朝、冒険者証を提示して街の外へ出た。

 これは身分証のようなもので、街の出入りには必要となる。


 父には街から出るなと言われていたこともあり、複雑な気持ちで街道を辿って行く。


 昨日見て見ぬふりをしたというのに、しかももし彼がいるとしたらきっとそれは私が見たくないものに決まっているのに、なぜ私はここにいるのだろう。


 2時間ほど歩いただろうか。いい加減そろそろ戻ろうかと思ったところに、彼はいた。


 街道のすぐ側で、横たわっている。ピクリとも動かない。


 街道を歩く人は多い。しかしその誰もが一瞥いちべつするだけで特に気にも留める様子はなかった。


 心臓が痛いくらいに締め付けられる。


 これだけ人が歩いているのに、誰1人足を止めないなんて。


 彼の側へ寄り、ひざまずいた。流れた血が地面に吸い込まれて乾いている。

 私はこの少年と知り合いでもなんでもない。むしろ命を狙われた被害者だ。助ける義理もない。

 私はただ依頼をこなしただけ。荷物を、奇襲から守り届けただけ。


 だから、私にはどうすることもできなかった。


 そうやって自分を慰めなければ、心を保てなかった。


 彼が街を出て行った時点でこうなることは予想していたけれど、この目で確かめなければ推測の域をでなかったというのに、私は一体何をしているんだ。わざわざ自分で自分の首を絞めている。

  

「シエル? お前何してるんだ」


 突然声をかけられて、驚き勢いよく立ち上がり振り向いた。

 父がカデムの上から私を見下ろしている。


「父さん……」


 私は明らかに動揺していた。父もそれは見て分かるだろう。


「なぜここにいる? その獣人の子供はなんだ?」


 お前がやったのか、と言っているように聞こえた。

 私は何も言葉を発することができなかった。抑えきれない涙が自然と溢れてくる。


「シエル……ちょっと、こっちへ」


 道行く人の視線が気になったのか、父は人目を避けるように街道から外れた。

 外れたところで見通しはいいのであまり意味のないことのように思えるが、私は少年をひとまずその場に残し、素直に父の後へついて行った。


「何があったのか説明してくれ」


 ある程度街道かられたところで、父が言う。

 隠しても仕方がないので、私は全部をありのままに伝えることにした。


「昨日、荷物運びの依頼を受けたんです。指定の場所へ行ったら、獣人の子供が3人檻に入れられていました。依頼主はその子供たちを箱に入れ、ある場所へ届けるように言いました」


 私の話を父は口を挟まず聞いている。


「運んでいる途中、路地裏で奇襲を受けました。それがあの獣人の少年です。箱の中に入れられた子供たちの、兄弟のようでした。僕は依頼が失敗になると自分の身が危うくなると思い、その場で少年を気絶させ……箱を指定場所へと届け、馬車に乗せました」


 父が遠くで横たわっている少年へと目を向ける。

 相変わらず道行く人はただ通り過ぎるだけで立ち止まりもしない。


「依頼を終わらせた後、僕はすぐに帰る気にならず大通りへと出ました。そしてそこで街を出ていくあの少年を見つけたんです。馬車へ奇襲をかけてあの子たちを取り戻そうとしているのは分かったけれど、僕には関係のないことだと……その場を後にしました」


「じゃあなぜ、お前は今ここに?」


 ごもっともな質問だ。

 自分でも何度も自問自答した問題。


「たぶん僕は、彼がこの街道にいないという事実がほしかっただけなんです。彼はちゃんと生きていて、あわよくば残りの子供たちも助かったかもしれない。そんな淡い期待を持って、ここに彼がいないことで安心を得たかった。こうなっている可能性の方が、高いのは分かっていたのに……」


 一度は乾いたはずの涙がまた自然と流れた。

 自分でもずいぶんと涙もろいと思う。しかしこんな幼い子供が殺されたという事態に自分が大きく関わっていることが、受け止められる許容範囲をオーバーしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シエル君(さん)の考えも、助けに行った獣人のお兄ちゃんの気持ちも汲み取れてしまうからこそ、読んでいて苦しくなりました。そしてその苦しさ、重さに惹き込まれてます。しんどいけれども読んでしまう…
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