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第9話 善と悪・3

 速い。


 私は手を前に出し、突風を少年に向かって放った。

 少年は風にあおられて後方へと吹き飛んだが、宙でくるりと一転して着地した。さすが獣。


「悪党め……! 弟たちを返せよ!!」


 少年が睨む。


 その強い視線に、逃がしてあげようか……なんて思いが頭をよぎった。


 しかしこんな子供たちを悪用しようとしているやつらだ。やつらから自分の身を守れるか分からないのに、それはリスクが高すぎる。


 まだこの少年の足を止めるほうが利口な選択だ。


「僕は僕の仕事をしているだけだ。邪魔をしないで! 次は本当に容赦しないぞ!」


 箱の中の子供たちが声を殺して泣いている。


 心が痛い。


 私は保身のためにこの子たちを見捨てている。


 私の言葉を無視して、少年が再び私へと向かって来た。


「地よ、つぶてとなりてのものを撃て!!」


 本来ならばエルフである私に詠唱は必要ないが、あえて声に出して石つぶてを数個創り上げ、少年へと放つ。


 心のどこかで逃げてほしい、と思っていた。


 しかしその願いは叶わず、避けきれなかったらしい石つぶてが少年の肩へと当たり、後方へと弾き飛ばされた。


 倒れたまま動かない。


 この少年はおそらく戦闘訓練を受けていない。動きだけは速かったが、フィンキーの方がまだ知的に動いていた。


 少年の側に寄って脈を確かめる。頭を打ったのか少し出血はしているが、息はある。

 心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴っている。

 人を傷つけてしまった。しかもこんな子供を。自分の兄弟を助けようと命すら顧みず必死だった子供を。




 私は一体、異世界に来て何をやっているんだ。




「兄ちゃん……!」


 箱の中の子供がすすり泣く。


 自分の中に何か黒いものが渦巻くのを感じた。


 私は少年が目を覚ます前に無心で"荷物"を指定された場所へと運び、馬車の御者ぎょしゃに引き渡した。

 約束通り受領書をもらい、あの少年に会わないように道を変えて先ほどの場所へと戻る。


 酒場の男は、何も言わずに私にカードを渡した。達成カードと呼ばれるもので、これをギルドに提出することで依頼は終了となる。


 私も、何も言わずにそれを受け取り、ギルドへ赴き報告した。


 私はそのまま、ふらふらと大通りへ出た。別に用があったわけではない。何となく、まだ宿に帰る気にはならなかっただけだ。

 もうすぐ日も暮れるというのに、大通りはたくさんの人や馬車が行きかっている。


 あの子たちを乗せた馬車はもう街から出たのだろうか。


 どこへ行き、どうなるのだろう。


 彼らを助けようとした少年はどうなったのだろう。


 いや、考えるのはやめよう。私にできることはもうない。これ以上関わらない方がいい。

 しかし私は一体どうするべきだったのか。そもそもこんな依頼を受けなければよかったのか。

 でもギルドに掲示されている段階では詳しい内容までは分からない。もし今後、同じようなことになったとしたら……。


「はぁ……」


 もう何度目かのため息を吐く。

 

 このメイン通りには、この時間くらいから露店が多くなる。前世で言う、車の移動販売のようなものだ。

 そんな店を横目に、適当なベンチに腰を下ろした。

 ここから、街に出入りするための門がよく見える。商人風の格好をした人、冒険者風の格好をした人など、いろいろな人が行きかっている。

 私はただ、何をするでもなくそれを眺めていた。


 そんな時、私を襲ったあの少年が街を出ていくのが見えた。


 ぼんやりとしていた思考が一気に現実に返る。


 彼は馬車へ奇襲をかけるつもりなのだろうか。立ち上がり、門に向かう。しかし手前まで来たところで、足を止めた。


 追いかけてどうするつもりだ?


 彼がもし馬車に奇襲をかければおそらく返り討ちにされるだろう。彼もそれを覚悟の上で街を出たはずだ。

 私には関係のないこと。止める権利も手伝う義理もない。余計なことに首を突っ込んでもいいことはない。


 私はそれを見なかったことにして、宿へと戻ることにした。

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