放浪者と記憶を失った少女
ストーリー制作の本を読む機会があったので作った作品です
多くの人や店でにぎわう場所、王都では様々な人間がいる。黒人や白人、黄色人など人種を超えて活気にあふれている。衣食住に困ることのないこの都でその場に似合わないボロボロのコートを身にまといフードをかぶった男が一人、食料店にいた。
「干し肉を、三つ」
「銀貨一枚と銅貨三枚だ」
店主はその恰好を特に気にする様子もなく品物の値段を言い、注文の入った干し肉の準備を始める。
「毎度」
調度で支払ったコートの男は手に持っている袋に干し肉を詰め早々と都を立ち去った。
―世界には「魔女」と呼ばれる不思議な力を持った者たちが十数年前から少数だが存在する。何もないところから炎を出現させ、乾燥した土地に雨を降らせ、けがの治癒を早めるなどといった人とはかけ離れた力を操るその存在を、王や大臣は己の地位を奪われることを恐れ、悪魔と契約を交わした者として魔女狩りを始めた。共通の敵を持った人類は人種差別を無くし手を取り合い、世界を成り立たせていった。魔女という生贄を国に捧げながら―
林を切り開いて作られた道をコートの男は歩いていた。ボロボロのコートにフードをかぶり、木製の弓矢を背負い腰にはナイフ。手提げ袋を肩にかけ歩く姿は不審者そのものに見える。現に、馬車に乗った商人やすれ違う人には怪訝な顔をされているが、男は顔を伏せているせいで気づかない。
(どこに行けば人目が少ないだろうか。)
(どこなら食料を調達できるだろうか。)
(どこなら、生きていけるだろうか。)
朦朧とした意識の中、思考を繰り返す彼には定住地がない。放浪者というやつだ。今の世界ではこのような人間はそうは見ない。数十年前までならばほかにも同じような人間を目にしたかもしれないが、現在の経済及び政治ならば少なくとも生活に困るようなことはない。
貧しいものには職を与え、裕福なものには相応の土地と地位を与える。まさに夢のような世界だ。
しかし彼はその世界には存在しない。肉体的ではなく社会的に存在しない。
(父さん、母さん。俺が生きる意味って何?)
どこに向かいどこなら生きることができるかではなく、己の生きる理由に思考が持っていかれていた。いつの間にか歩みを止めていたことに気づいた男は近場に休憩できそうな切り株を見つけた。男はそこに腰を下ろすと深く息をついた。日は男の頭上に位置しており、昼時だということを日差しと熱が伝えてくる。
手提げ袋を開き街で買った干し肉の一つを取り出し、かじりつく。濃く味付けされたそれに顔をしかめつつも口に入れていく。普段は味付けもない肉を食べたりしている彼にとってはこれを食べることは苦痛であったが、人間同じものを同じ味で食べ続けていれば必ず飽きてしまう。最近彼は飽きが来ていたので食に変化を求めていた。その結果苦しみながら食べることを選んだ。
(こんなに買わなくてもよかったか・・・)
一枚食べきるころには日持ちのする干し肉にしておいて正解だったとつぶやきつつひどく乾いているのどに水分を与えるために水筒の中身をあおるが、何も出てこなかった。もう一度確認するも中には数滴ほどしか残っていなかった。
「目的地は水脈のある山に決定だな。水はどこかの水源で汲むとしょう」
向かう山を決めた男はおろした腰を持ち上げると早々に移動を始めた。彼の見込みでは目的地に夜になるくらいには着くようで、暗くなる前に寝床と水源を探すために歩調を速めていった。
おおよそ山までの道を半分程度進んだ頃、すれ違う人も少なくなってきたがどうもその様子がおかしい。彼等は頻りに後ろを盗み見ては小声で何かを話し合っていた。男もその喧騒に気づき、フードをかぶりなおした。
喧騒の元である場所の近くになると何やら話し声が聞こえてくる。中年の男が数人、高級そうな馬車を道の─それも石橋の中央で止め言い争っていた。
「商品が一つ足りねぇじゃねぇか、見張りは何してやがった!」
「どうやら居眠りをした時を狙われたようですね、顔に跡が残っていますし」
話の内容からすると、これから持っていく売り物の数が足りないことからリーダーだと思われる男が怒鳴り散らしているようだ。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる商人たちの横を男は身をよじりながら通過していく。
(騒ぐなら渡り切って端に寄ってからにしてくれ、決して広い橋というわけではないのだ)
馬車の横を通るときに格子戸のところから中がのぞけるようだが男はさして興味も持たずに過ぎようとした。が―
「あ、あの・・・」
格子戸の中から声をかけられた。それも小声でほかの者には聞かれたくないような声だった。急に声をかけられたのと中に人がいたことに驚いた男は思わず足を止めた。歩みを止めたことで話を聞いてくれると思った声の主は言葉をつづけた。
「お願いです。一人、うまく逃げた女の子がこの道の先にいるんです。どうか助けてあげてください」
「逃げた?」
逃げた女の子、という言葉に疑問を持った男は中を見て納得した。
そこには薄汚れた服を着たおよそ十代の子供たちが十数人乗っていて、その中でも年長者であろう少女が話しかけていた。そしてその姿を見て男の頭には奴隷という単語がすぐに浮かんだ。
今の世の中でも奴隷は存在する。よりお金を求めるもの、欲しくもない子を授かってしまったもの。それを買い取って己の家で働かせるもの。悲しいことに需要と供給が成り立ってしまっているのだ。
男もそのことは知っているので同情しこの国に負の感情を抱くが、このような服装をしている人間に頼む程のこの少女の甘さと不注意さに嫌気がさし、かつ自分の身を守ることで精一杯になりつつある彼にとっては無茶な相談だった。
「悪いが、他をあたってくれ」
「そんな・・・お願いします!あの子は私の、大切な家族なんです。きれいな黒髪に白のメッシュで少し変わった服を着ているんです。どうか、どうかお願いします。」
「・・・悪いな」
願いを断った男は早々と去ってしまった。後ろからすすり泣く声が聞こえてくるも歩みを止めずに進み続けた。
馬車が見えなくなるところまでやってきた男は歩みを緩め、先の会話を思い出していた。
(家族、大切な・・・家族)
手提げの中から手紙を取り出した男はそっとそれを開いた。その中にはたった一言―
いきて
とだけあった。
男は十数年前に両親を亡くした。不幸な事故で命を落としたわけではなく、殺されても仕方のないことをしてしまった。両親は何とか自分たちの子である彼だけは逃がすことに成功したが、あえなく死亡。家族で行ってしまったことは【魔女を匿い共に暮らす】という、魔女狩りの令を出している国からすれば大罪人である。そんな家族の者が生きていたとすれば殺しに来ることは明確、よって男は放浪人になり必要最低限、極まれに王都のような場所に足を運ぶことを決めた。男は父の趣味であった狩りを自身の趣味にもしていたこともあり生きる術を知っていた。狩りでとった動物の肉を食べ、時には毛皮を売りに都まで行くこともあった。
己の正体がばれてしまうのではないかと人を信用しなくなってしまった男は、人とのかかわりを最小限に抑え、一人孤独に生きることに必死だった。
(人は信用できない、もしかすると馬車から逃げだした女が国の者かもしれない)
そう考え別の方向に歩き始めた男だったが家族という単語が頭から離れず、ゆっくりと例の少女がいると思われる通りに戻ってきていた。
「変な気まぐれを起こしたものだ・・・おい」
「ひっ」
草むらの中に隠れていた少女に声をかけると驚いた少女は林の中へ逃げ始めた。慌ててその後を追うも―
「うぁっ」
少女は木の根に躓き転んでしまった。慌てて立とうとするも痛みで立つことができなかった。転んだ拍子に足をひねったようで片足が赤く腫れてしまっていた。
「おい」
「ひっ」
男が近づきながら声をかけるも少女は涙目になりつつ這いずってでも逃げようとする。自分が商人の仲間だと思われていることに気づいた男は一つため息をついた後に身をかがめ、心の中で言葉を選びつつなるべく優しい口調で話しかけた。
「君のことを頼まれた」
そう告げると少女は動きを止めゆっくりと男のほうに振り向いた。
「君の家族から、君を助けてほしいといわれた。敵ではない」
「・・・みんなは?」
おそらく自分が逃げ出した後のことが気になっているのだろうそのようなことを口にした少女の表情は心配そうだ。
「捕まったままだ。商人が君を探し回っているはずだから助けに行くこともできない」
男は自分の考えを告げると立ち上がり向かっている途中だった山のほうへ目を向けた。空が赤くなり始めている。目的地までには間に合わないと考えた男は道中にあるであろう川辺に向かうことにした。
「見つかる前に移動するか。立てるか」
少女のほうを見るとうつむき座り込んでいる。足の痛みで立てないということもあるようだが皆を助けることができないという事実にショックを受けていた。このままここに留まっていれば確実に見つかってしまうだろう。そう考えた男は少女を担ぎ上げ木々を潜り抜けつつ川に向かっていった。その間、少女は泣きもせず、ただひたすらに口を閉ざしていた。
夜。男は火が消えないようにたき火に木の枝を足していく。少女は足を抱えうずくまっている。たき火を挟んで向かい合う男と少女は互いに会話はなかった。その火の周りにはナイフで尖らせた木の枝に川でとった魚が数匹刺さっている。なんとか暗くなる前に野宿するによさそうな場所を見つけた男が枝を研ぎ簡易的なやりを作り、ソレでついたものだ。
表面にはいい具合の焼き目がついている。食べごろになったものを一つつかみ少女の前に挿し直す。少女は音とにおいに気づき顔を上げるも再び顔を伏せてしまう。
「食うも食わないもお前の自由だ、食いたくなったら食えばいい」
そう告げると男は別の魚に手を伸ばし、身を口にしていく。その際に一度だけ少女の様子を見るが、より深くうずくまっていた。そこから特に気にする様子もなく食べ進めること数分後、男が次の魚を食べようと手を伸ばしたとき、向かいから腹の虫の鳴き声が聞こえた。少女は我慢の限界が近いのか目の前の食事を何度も見るが男のほうを見てはうずくまってしまう。
「のどが渇いたから水を汲んで来る。少し戻るのは遅くなるが、まぁ好きにしな」
そんな姿を見た男はらちが明かないと考え、わざとらしい独り言を発しながら水を汲みに行き、少女を一人にした。
(この後の生活もついてくるなら途中で空腹で倒れられても困る。戻ってきたときにこの女の姿が見えなくなっていればそれはそれで問題がなくなるだろう)
少し離れたところにあるきれいそうな水をくみながら男はそんなことを考えた。現在二人がいる場所は二人が出会ったところと目的の山の中間地点付近で一般の者からすればなかなかの距離がまだ残っている。男は長い間放浪生活を続けているので苦になるような距離ではないが少女にとってはかなりの距離になる。
それがわかっているからこそ男はここで別れるか、食事をとらせることで少女が途中で倒れるなどで移動の邪魔にならないような手を使うことにした。
水を汲み終え戻る際、男はふと少女の服装について引っ掛かりを覚えた。馬車の中から依頼してきたものの言う通り一般的な服装ではなかった。だが貧しい者の服装というわけでもない。だというのにどこかで目にしたことのある服装な気がする。
どこかすっきりしないままたき火のところまで戻ってきた。先ほどまでの思考はいったん頭の片隅に置き、これからのことを考える。
少女は逃げ出すことはなく横になり寝息を立てていた。焼き魚はきれいにすべてなくなっている。
「そんな石の上で寝るな、明日動けなくなるぞ」
「ん・・・」
ゆっくりと体を起こした少女はよほど疲れていたのか、意識の覚醒が遅く眠そうに眼をこすり始める―が状況を思い出したのかおびえた様子で男を見つめる。
男が話をしようとしたがその前に少女が言葉を発した。
「あ、あの。お魚、ご馳走様、でした」
座ったままだが姿勢を正し頭を下げる少女。思わぬ行動に男は思わず言葉が詰まるが短い息を一つはき出し、話を始める。
「俺はお前を頼まれた。そう言ったことは覚えているな。その言葉は本当だ、がそれを受理したわけではない。敵ではないが、味方でもない。それは間違えるな」
「え、あ」
「俺は明日の朝、山のほうに行く。ついてきたければついてきてもかまわない。街で生きていくならむこうにいけ、その通りに沿えばつくはず―」
「いや」
男が言い切る前に少女がはっきりと口を開いた。
「まあ、勝手にしろ。寝るときはこれを敷いて寝ろ、ついてくるつもりならな」
そういい手提げを投げて渡し、焚き火に水をかける。光源がなくなり暗くなった中、男は近場のよさそうな岩に寄りかかりフードをかぶった状態で眠り始める。少女はその場で横になり渡された手提げに静かに頭を下ろした。
翌朝、早朝に目を覚ました男は普段と何か違うことに気づいた。自分以外に誰かいると感じ、警戒したが昨日のことを思い出し対象に目を向けるも、少女はまだ寝ていた。
「・・・飯とってくるか」
無防備に寝ている少女の顔を見て問題は特にないと感じた男はフードをかぶり直し昨日と同じように魚を取り火を起こす。この生活に慣れている男はここまでの準備を鮮やかな手際で行いそれほど立たないうちに魚を焼き始めた。その匂いにつられてか少女が目を覚ます。
「おはよう、ございます・・・ご飯?」
「そうだ、とはいってもおまえの分を準備するのは今回までだ」
「魚の取り方、教えてほしいです」
「教えてやる道理がないな、考えな」
食料の確保の指導を乞うも撃沈した少女は落ち込んだ表情を少し浮かべる。しかしそんな表情も食事の後では消え去っていた。どうやら食事が好きなようだ。
後始末をし、荷物を手に取った男は移動を始める。少女は慌てて後を追いかけてくるが彼女にとって男の歩く速度は速いもので早歩きになるか時折小走りになってしまう。それでも少女は何の文句も垂れることなく男の後をついていった。
(何かしら言ってくると思っていたが何もない、か。邪魔者から歩くお荷物といったところか)
そんな様子の少女に男は少しばかり評価を変える。
歩き続けて暫く経ち、ようやく山についた。しかしここから住処とする場所を探し、なおかつ沢を探さなくてはならない。男が山に入っていくと少女もかなり疲れた様子だがその後についていく。
探し始めてしばらくたつもどちらもなかなか見つからない。
(みつからない、か。この山は外れだったか?)
この山は外れだと考え別の山にしようかと考え始める。そんな時ふと背後の少女に目を向けると、ある一定の方向に視線が注がれている。その先を見るも特に変わったものはない。何を見ているのかと気になっていると少女が男のほうを向いた。
「川、探しているの?」
「そうだ」
そう答えると少女はこっち、とさっきまで見ていた方向に歩き始める。その後をついていきしばらく経つが少女は進み続ける。
「どこまで行く気だ?」
「もう少し」
そう答えた後に、男の耳に水の音が聞こえてきた。少女が立ち止まった前には滝のようになっている場所に出た。
「何でここにあると分かった?」
男は思わず聞いていた。長いこと放浪生活を送っていた男は山にこもることも多々あった。市民に比べて山の知識は豊富だったがそんな男でもわからなかったのを、この少女はある、とわかりここまで連れてきたのだ。
「教えてくれた」
「誰が」
「水達・・・?」
「俺に聞くな・・・待て、水って言ったか?」
思わず聞き直す男、それに首肯する少女に軽い眩暈を覚えた。先の答えで導き出せるのは、この少女が魔女であること。
(今思えばこいつの服、汚れてわかりにくくなっているが魔女特有の印があるじゃないか)
男は自分の馬鹿さ加減にあきれながらもう一度少女を見ると、かなり汚れているも所々に印があり奴隷として運ばれるときによく気づかれなかったなと思った。
「一つ聞いてもいいか」
「?なに」
「お前、魔女か?」
ほぼ確信はあったものの尋ねてみるも少女は首をかしげた。
「どう、だろ。わからない」
「わからない?なぜ」
「私、記憶がないの」
どこで生まれたか、両親の顔も名前もわからないという。気づけばある村の前にいてそこで拾われた。そう語る少女の表情は少し悲しげになった。
奴隷として運ばれていた。つまりその家の主は子供たちを売った、ということになる。世話になった人に捨てられた、それが悲しいことだということを男は知っている。育ててくれた両親に親孝行することもできず、いつも優しくしてくれていた魔女にも最後まで何もしてあげられなかった。そんな過去を持つ男にとって少女は他人のようには感じられなかった。
「これから俺はお前の味方で、これからの行動を共にしたい。どうだ?」
「一緒に、いていいの?」
「ああ」
うなずきつつ答えると少女は少しうれしそうな顔をして頭を下げた。こうして男の放浪生活に少女が加わった。
大きすぎないくらいの滝の近くによさそうな岩穴を見つけた男はこの岩穴をしばらく拠点にすることを決定し、一度荷物を下ろす。
「ここにとまるの?」
「そうだ、しばらくはここで生活することになる。それと、少し休憩した後魚の取り方を教える」
「ほんと?」
(共に行動することを決めたのに取り方を教わることに不満を言わないあたり真面目なのか、いやおそらく探求心か)
目の前で目を輝かせながら見つめてくる少女を見てそんなことを考えている男なのであった。
その後魚の取り方を何日もかけて教えていく。初日はもちろんうまくいくはずもなく残念がる少女。翌日、そのまた次の日と経過していく中でだんだんとコツをつかみ始めた少女は成果を男に見せに来たりするようになる。男はそんな様子を見ている中で少女は表情があまり変わらないがその実、内面は表情豊かだったりすることに気づく。そのいい例が今の成果を見せに来たりしてほめてもらおうとする姿だ。水浸しになって顔に張り付いた黒に白のメッシュが入った長髪を気にすることなく魚を持ってくる少女に男は思わずあきれた声を出してしまう。2週間もするころにはいろいろな方法で魚を取ることができるようになっていた。
「どう?」
「・・・正直驚いた。ここまで上達が早いとは思わなかった」
男が素直に感想を口にすると少女はえへんと胸を張った。表情はやはりあまり変わらないが。
「もっと笑ったりできないのか、見ていて紛らわしい」
「そんなこと言ったら、そっちのほうがずっと不愛想で、怒っているように見える」
少女から思わぬ反撃を受けた男は軽く傷ついた。
それからは魚だけでなく動物の取り方、狩りの仕方など男が昔、父親に教えてもらったことを教えるようになっていった。今まで人を信用してこなかった男も自分の行動に驚いたが、いやな気分ではなかった。むしろ今までの生活より楽しいと感じている分、こんな生活を心のどこかで望んでいたのかもしれない。そんなことを考えるくらいに男にとって今の生活は大切なものになっていた。そしてそんな男と一緒にいる少女もまた、新しいことを学べる楽しさと男との会話や生活がとても楽しく感じていた。
いつしか男にとって少女が、家族のように感じ始める。
いつしか少女にとって男が、家族のように感じ始める。
そして半年ほど月日が流れる。拠点を求めて二人は道を歩いている。半年の間に少女は男から生きる術のようなものをある程度学んでいった。魚を取ることはかなり上達していて十回に七回くらいには成功できるようになっていた。さすがに狩りに関してはまだまだ苦戦しているもいずれはできるようになると男は考えている。徐々に教えることが減ってきていることに男はどことなく寂しさを感じている。しかしそれよりも男にはもっと頭を悩ませていることがある。少女の記憶が一向に戻らないことだ。
最初は時間が解決してくれるのではないかというのと自然に囲まれた中なら記憶のあるころと近い環境のはずだからいいのではないかと考えていたが、結果はただ少女が自然の中で生きていく方法を学んだだけだった。
(それが悪いことというわけでもないのだが、どうしたものか)
隣を歩く少女は次の目的地を探すために自然からの声を逃さないように真剣な表情で耳を澄ましている。魔法の使い方すらわからない彼女の唯一魔女らしいことといえばこの自然の声が聴けること。魔女特有の体質で、かつて男が一緒に暮らしていた魔女も草花や水の声を聞いていた。
「むこう、あの山なら、よさそうな場所があるって」
そう言って指さすほうは都を超えた先にある山だった。それは今までよりも大きな山で、その中を転々と移動するだけでも長い間籠れそうなほどだった。
「そうか・・・」
「何か、考え事?」
考え込む男の顔を覗き込んでくる少女は初めて会った時よりも生き生きとした目をしていた。
「記憶はまだ戻っていないよな?このまま山にこもっていても戻らないのではと思ってな、何か気になることとかはないか」
「気になる、事・・・?」
男の質問に頭をかしげる少女。男としては少女がなんとなく気に留めるようなことを解決していけばあるいは、という考えだったのだが彼女からの返答はなかなか来ない。ひねり出そうにも今の生活を十分楽しんでいる少女にとっては難しい質問だった。
「あっ」
「なにかみつかったか?」
考えていた少女の動きが止まり、その口から出てきた言葉に男が固まった。
「おおー」
目の前を通る人の多さに思わず感嘆の声を上げる少女、その隣ではフードをかぶったままの男が呆然としていた。
少女が気になることというのは都だった。一度も行ったことのない都がどんな所か見てみたいといい男を無理やり連れてきた。
「本当に回るのか?」
「うん、その為にも―」
戸惑う男がフードを深くかぶり直そうとするがその手を少女がつかみ阻止し、逆に男のフードをはぎ取る。自分に何が起きたのか理解が追いつくまで少しの間固まる男、フードをはいだ本人は満足そうにうなずいている。
「隠していると不自然、逆に怪しい。木を隠すならなんとやら、だよ?」
その言葉は男が狩りを教える際、罠を仕掛ける時などは周りと同化させることが大切だという話をした際に使ったことわざだった。
少女の言葉にため息をつき、しょうがないと割り切った男は少女とともに約十年ぶりの都巡りを始めた。
衣類を売っている店やアクセサリーを売っている店、道具屋などもある。少女はあちらこちらと顔をせわしなく動かしながら初めて見るもの一つ一つに興奮していた。あれはなにこれはなにと聞いてくる少女に自分の知る限りで答える男はまだフードをつけずに都を歩くことに緊張を解くことができずにいた。顔が引きつりすぐに出ていきたいという感情が顔に張り付いている。
「ねぇ、あれ、あれ食べたい」
「わかったわかった」
そんな男の心情を知ってか知らずか男の袖を引っ張り催促する少女。
(食い物のことになるとより活動的だな)
そんな少女を見ているとふっと肩の力が抜け、都巡りを少し楽しみ始める男。
店の者から声をかけられ、少女がそれに食いつき男は振り回される。そんな一日を過ごしていった。あっという間に時が過ぎていきすでに夕刻になっていた。少女の手には都の食べ物が両手にあり食べながら歩いている。男は止まる宿を探すため少女を止める。手荷物食べ物をひとつ取り上げると少女は何をすると抗議してくるも男は空を指さす。
「そろそろ宿を探す時間だ、行くぞ」
「えー」
男はそのまま宿を探しに歩き始める。その後を慌てて追い始める少女。都の者たちにはそんな二人の姿が親子のように見えたのか微笑んで見守っていた。
宿を見つけ部屋を借りた二人はベッドに腰を落とし息を吐いた。なれない場所を回ったのと人ごみに充てられたことで思っていた以上に疲労していた。
「思ったより疲れたな・・・」
「でも、楽しかった」
そう告げる少女の顔は本当の楽しかったことを表していた。
「それで、何か思い出せたか?」
男の言葉に少女は体を固めた。
「う、いや、その」
「楽しんだだけで終わり、か。これもはずれみたいだな」
残念だと肩を落とす男。その姿を見て少女はきょとんとした表情をする。男のそんな姿は珍しく、自分のためにいろいろ心配してくれているのだと思うと記憶を戻すことよりも今の環境を大切にしたいと感じた少女。
「・・・ありがとう」
「なにがだ?」
「私のために、いろいろ考えてくれて。でも私はあなたと一緒にいられる今があるだけで、幸せだから、気にしないで」
正面からそのようなことを言われた男が今度はきょとんとした顔をする。
「まぁ、なんだ、この宿の一階は飲食店みたいだから夕飯はそこでとるか」
返事に困った男は話を変えた。そんな男の反応にやっぱりこの時間が大切だと確認した少女だった。
その夜、夕食を食べ終え部屋で休んでいた二人だったが少女は宿を見て回ってくるといって出て行ってしまった。目を輝かせながら出ていったところ飽くなき探求心が原動力だったようだ。男は部屋でゆっくりしていたが、なかなか戻ってこない少女を心配に思い探しに部屋を出る。
一階に降り、あたりを見回すと探し人はすぐに見つかった。少女は食堂の入り口で聞き耳を立てていた。体は緊張で硬く、少し汗をかいている。男はその様子を見て思わず首をかしげる。声はかけず聞き耳を立てると中から数人、男たちと店主が話しているのが聞こえた。
「あの時は本当にビビったよなぁ、まさかこの王都に魔女が住んでいたとはなぁ」
「んぁ、何の話だったっけか?」
「だぁからあれだろ?あのーお前の仕事の上司が―」
「飲みすぎだ、あんたたち。十数年前にここ、王都に魔女を匿っている家族がいたってことだろう?水置いとくぞ」
男たちはだいぶ酒が回っているようで話がループしており、かれこれ五回は続けて同じやり取りをしていた。しかし聞き耳を立てていた二人は魔女の話―しかも王都内にいた魔女の話がこんなところで出てきたことに何かを感じ話が進む時を待っていた。
「そういえば匿っていたところの家って夫婦二人だけだったんだよな?」
「国のほうはそう考えてるみたいだけどな、俺の記憶だとあそこの家、子供が一人いたと思うんだが」
「いたとしてももうどっかで仕事見つけてんじゃねえかぁ?もしくはどっかでぽっくり、なんて」
酔っ払いたちの話を一言一句聞き逃すまいと彼らの会話に集中していた少女。そんな少女の後姿をようやく見つけた男はこんなところで何をしているのかと声をかけようとした。しかし、次の言葉で空気が固まる。
「○○○、とかいう名前だったかぁ?あの魔女ぉ」
「ああ、そんな感じだったはずだ」
酔っ払いの一人から発せられた魔女の名前に思わず男の足と呼吸が止まる。かつて男が共に過ごした魔女の名前であり、そしてその名前は少女の記憶を取り戻すカギでもあった。
「○○○・・・あ、ぁあ」
目の前の少女が取り乱し始めてようやく男が正気に戻る。今まで共に生活してきた彼女だがここまで動揺する姿は見せなかった。普通ではないと感じた男は少女を急いで部屋に連れて行った。
何とか落ち着かせたのち、二人は向かい合って座った。
「記憶、戻った。あそこにいた、人達の話を聞いてたら、戻った・・・」
「そう、か。それで、その、きっかけは?」
「名前・・・○○○って名前を聞いたときに、あふれるみたいに、記憶が戻ったの」
あそこで聞いた魔女の名前がカギになって記憶が戻った。その言葉を聞いた男は思わず頭を抱えた。
少女の記憶のカギとなっていた○○○という名前が男の知っている魔女の名前と一致している。
このことがひどく男を混乱させた。
(こいつと○○○の関係は何だ、知り合い?それとも崇め奉るような魔女の名前?もしくは―)
「○○○は、わたしの、私のお母さんなの」
「お前の・・・母親?」
首肯する少女はそれから戻った記憶のことを話し始める。
母が王都内にある家庭で匿われていることが国にばれ、処刑されたと同胞から聞かされた自分はひどく取り乱し何日も泣き続けていた。そんなとき、王都からの魔女狩り部隊が少女たちの拠点を攻めてきて、その際自分を助けようと、少女の母親の友人が彼女に記憶封印の魔法をかけた。それから転移魔法で少女だけ逃がしその後少女は村のある家庭に拾われたがあるときに奴隷として売られてしまったとのこと。
その話を聞いて、男は改めて少女の前に座り直す。そして頭を下げる。
「すまなかった」
「え?」
「○○○を、お前の母親を匿っていたのは、俺の、家だ。本当ならすぐに王都から逃がすべきだったがあの時、俺があの人を引き留めなければ、わがままを言わなければ、死ななかったはずなんだ」
そして今度は男が話し始める。少女には聞く権利があると考えた。
十数年前に魔女狩りの令が出されたころ、彼の家庭ではその令をよく思わず、逆に魔女たちの子をよく知り、友好関係を築きたいと密かに気持ちを固めていた。ある日、彼が父の狩りについていき森にいた時、一人の魔女が傷を負って倒れていた。二人は狩りを切り上げて魔女を布で隠し、まるで今日の収穫だといわんばかりに堂々と王都に運び家で治療した。その後目が覚めた魔女を匿いながらの生活を送り、傷も癒え、しばらく経ったころに○○○が同胞たちの元へ戻ろうといった。男の両親はそうしたほうがいいといったが、当時幼かった男は別れを寂しがって駄々をこねてしまう。その様子を見た○○○○はあと数日だけ残ることを告げた。が、翌日に匿っていることがバレてしまい男の両親と共に○○○○は国の兵士たちによって処刑されてしまった。
その話を聞いた少女は男をとがめることはせずに男の頭を撫でた。なぜ撫でられているのか、理解に苦しんだ男はなぜ怒らないのか尋ねた。
「あなたが悪いわけじゃないもの」
その言葉は優しく、諭すようでもあった。思わず頭を上げ少女の目を見た男は固まった。
「悪いのは、このクニだから」
そう告げた少女の目はひどく濁っていて、復讐の炎が宿っていた。
その後、何事もなかったかのように眠りについた少女を心配に思いながら男は眠りについた。そして翌朝、男が目を覚ますとすでに少女の姿がない。まだ目がさめきっていなかった男は用を足しに行っているものだと思った。しかしふと昨日の少女の目を思い出しまさかと考え始める。そしてその予感が的中したかのように都の中心部のほうが騒がしい。
「クソッ!」
慌てて宿を出て中心部、王城のある所に走っていく。普段通りにフードをかぶりながら走っていたがそれすらも鬱陶しく感じ、外して全力で駆ける。
門の前まで来るとすでに二桁くらいの人だかりができていた。その間を縫いながら進んでいく。そして抜けた先には少女が何も言わず門番たちをにらみつけていた。
「きみ、こんな朝早くから子供が出歩くものじゃないよ」
「・・・」
「まいったなぁ、きみ、ご両親は?もしも秘密の外出ならばれないうちに戻らないと怒られちゃうよ」
「・・・」
門番たちの質問に何の反応せずただただ睨みつけている。慌てて少女の元へ行き適当に言葉を吐き出す。
「見つけた、まったくこんな朝から家を飛び出るんじゃない。ご迷惑をおかけしました。ほら行くぞ」
門番たちが何か言ってきたがそんなことには耳を貸さずに少女を抱え走り出す。
「お前、どういうつもりだ!わざわざ突っ込むなんて何考えているんだ」
走りながらも思わず聞くも返答はない。
「後で少し話すぞ」
そう言い宿に戻っていった。
少女を抱え戻ってきた男の姿を見て驚く宿屋にも目もくれず部屋に入り鍵を閉める。
「で、なんであんなことしてたんだ?」
「・・・」
男が質問するも少女はうつむいたまま答えない。もう一度問おうと男が口を開いた瞬間少女が一言。
「何で、止めたの」
ひどく冷めた声だった。男はその問いには答えない。そのことが少女をいらだたせたのか少女が立ち上がり、男の前で初めて叫んだ。
「何で、止めたの!」
「何をしようとしていたか聞いている!」
そんな少女の怒りが男にも移ったのか、きつい口調で男も質問し返した。
「お母さんを、大切な人を殺されて!我慢なんてできないよ!」
「お前に何ができる、一人の少女が反発したところで何も変わらない、無駄足に終わるのがわからないのか」
自分の感情を男なら理解してくれると信じていた少女は男の発言に激高し、男につかみかかり、押し倒し、馬乗りの状態で首を絞め始める。
「何で、足掻いちゃいけないの!なんで、私を止めるの!なんで、なんで、あいつらを殺してはいけないの!」
大事な人を殺した相手に復讐してはいけないの!
その言葉に男は自分の感情が高ぶってきていることに気づく。
(憎い、憎い、憎い)
何も悪さをしてもいない魔女の○○○を家にいさせただけで、己の地位を脅かすという勝手な理由でみんなを殺された、そんな憎しみがこみ上げてくる。
両親を亡くしたころ、男は目の前の少女のように国に復讐をしてやると、憎しみを抱え続けていた。過去に一度突撃したこともあったがあっさりと抑え込まれ、叱られ、白い目で見られた。そんな経験をしている男は少女の憎しみにつられてあふれ出てきた憎悪を抑え込んだ。
そんな男の様子に少女は絶望した。同じ境遇だと、仲間だと思っていた男が復讐をしない選択を取ったことに裏切られたと感じた。少女は男の首にかかっている己の手をゆっくりとどかすとそのまま泣き始めた。
「復讐、しちゃいけないの?だとしたら、私、どう生きていけばいいの?」
泣きながらそうつぶやく少女。男は少女のそんな様子を見てふと両眼を閉じ両親と○○○○を思い出した。
(みんな、これが、償いになるのかな。俺は、こいつを、この子を守れるのかな)
瞼の裏に浮かんだ三人はにっこりと笑顔を男に見せた。
「なあ、俺はお前と会うまでは自分の生きている感覚が見いだせなかった。両親と○○○○を見捨て、人目を避けて生きてきた。そんな俺は親の最後の言葉、手紙で一言、生きて。それだけがその文字だけが俺を生かしていた。けどな、十年もすれば生きてる心地がしなくなってきた。話す相手もいない、落ち着いて暮らすところも取らない。お前に合うまではいつ死ねるのかを考えていた。でもお前と出会い、生活してたらな、気づいたら死ぬことなんか考えなく、なってた。俺にとってお前は、生きる意味になってたんだ。だから今度はお前に生きる意味を与えてやりたい。俺を生かしてくれた礼として」
男は優しく語りかけた。少女はこれまでの男の生活を思い出し、幸せを感じていたことを思い出す。そして今自分のした行為にひどく狼狽し始める。
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ―」
「気にするな、大丈夫、俺はお前の味方だ」
男にそう言われさらに涙があふれだす少女。馬乗りのまま男に抱き着き泣き続けた。
「泣きたいだけ、泣いてしまえばいい」
男はそれ以降何も言わずに少女が泣き止むまで頭を撫でていた。
数時間後、二人は都を離れ次なる場所を目指して歩き始める。
「もう一度約束だ、俺がお前の生きる意味になってやる。だから―」
「復讐はするな、わかってる。もう何回目」
朝の雰囲気はどこかへ飛んでいきいつも通り、もしくはそれより打ち解けた空気の二人はあの後に約束をしたことを確認しあった。
「よし、それじゃあ、次の目的地を探すとしよう」
「今度大き目の動物の取り方、教えて」
普段通りの会話をしながら二人は放浪生活を続けていくのであった。
数年後。
いつものように泊まり込む場所を探している最中に男が血を吐き倒れてしまう。
「え」
その光景に少女は固まってしまう。しかし男が脱水で倒れたと考えた彼女は水を持って来ようとする。
「まて・・・」
「大丈夫?!今お水持ってくるから待ってて」
そう告げる少女に男は弱弱しく首を振った。
「情けねえな、お前の、生きる意味に、なってやるって言ったのに」
「どういう、こと?」
「たぶん、もう持たない・・・ってことだな」
そう言いゆっくりと体を起こそうとするも崩れてしまう。
実は数か月和えから体の調子がおかしくなっていることに男は気づいていた。せき込むことが増え、血が出ることもあった。しかしそれを我慢し、隠し通してきた。その結果倒れてしまったのだ。
「早く、医者に診てもらわなきゃ、立てる?」
「いや・・・無理そうだな。それにお前には悪いが国の医者に世話になって生き永らえたくもねぇ」
結局俺が変な復讐心抱いちまってるな、と苦笑しながらも少女に起こしてもらい近くの岩にもたれかかる。
「聞いてくれるか?お前と出会って、過ごしたこの数年、楽しかった」
「ねぇ、待って」
うつろな目で話し始める男。そんな男を見て何かを悟った少女は思わず止めようとしてしまう。しかし男はやめなかった。
「お前の、事。いつからだったかな・・・妹?娘?みたいに思い始めてな、落ち着いてる、ように見えて、意外とわがままだったりして、ほんとに、子供でもできた気分、だったよ」
「お願い、まって」
「俺になんかに生きる意味を持たせてくれて、ありがとうな。あぁ・・・最後に一つだけ、魔女って俺とかよりも寿命長いんだよなぁ、生き続けろ、なんて言わないが、そうだなぁ・・・好きなように過ごしてくれ、最後の教え、みたいなものか」
徐々に瞼が閉じていく男。その様子を涙を流しながら見届ける少女。そして男は最後に笑顔で泣き、少女の頭を撫でようとするも、かなわず命を落とした。
「あ、ぁあ」
男の肩をゆするも目を開けない。何度も何度もゆするも変わらない。そんな事実を突きつけられた少女は涙があふれ、男だったソレを抱きしめる。強く強く抱きしめる。そんな少女の心は悲しみと憎しみが混ざり合っていた。結局は少女の心から国への復讐心は消えることはなく、生きる意味となっていた男が死んだ今、少女の生きる理由が復讐に代わってしまう。
(この国が憎い、憎い。だけど、約束)
だが男と約束した。復讐をしない。男にとってそれは己の命が尽きるまで、という意味だったのかもしれない。しかし少女は自分で決めた。
「何があっても、復讐はしない、だから」
私もそっちに逝くね
男を抱きかかえた少女はかつて思い出した記憶の中で、唯一覚えていた魔法。葬儀を行う際に使われる神聖なる炎を生み出す呪文。
○○○から唯一教えてもらった、魔法。
「――――」
少女の口から唱えられたその魔法は二人を囲む陣を描き暖かな色の炎を生み出した。ゆっくりと二人を撫でるようにやさしく包み込んでいく。その中で少女は男の亡骸を大事にかかえ涙ながらに笑みを浮かべた。
魔女人生初の魔法で、最後を迎えた少女は神聖な炎によって男とともに燃え、骨すらも灰と化し一つの灰色の山が魔法陣の上には残っていた。そして徐々に魔法陣が消え、灰は風にあおられ飛ばされていった。
まるで二人の人生を表すかのように―
END