#80 モノが行き交う場所
トフィーにとってこれだけ多くの人が一箇所に集まっているのを見るのは初めてのことだった。皮と骨ばかりの枯れ木のような形態でなら人だったモノが密集している現場を目撃したことは幾度もあった。トフィーが普通の人間として、――つまり生物学的な意味での最期を迎えた場所であるウルトラ・マーケットの戦前の姿ほどではないにしてもそこは今の価値基準で云えば活気に満ちていた。トフィーは踊るように身体の向きをあちこちに変えながら周囲を見渡した。ここなに、なんなの、と声を上げて。でもスヴェトナとのやり取りを思い出して口をつぐんだ。目立てば目立つほどにアリサは困った立場にさらされる。
交易所さ。隊長さんが説明してくれた。つまり中継地点。普段なら私らの旅はここで終着だ。物資のやり取りは大方この場所で済ませる。
でも今回はまだ帰らないのね。
ああ。
ホプキンスさんがいるから。
そう。彼を国境地帯まで連れていかなくちゃね。
先生はこないの?
人前は厭なんだそうだ。あれだけラジオで雄弁に喋ってるのに。
もったいないわね。
何が。
こんなに賑やかなところ他にないもの。
隊長はトフィーに倣って建物の中を見回した。そして肩をすくめた。他と比べればね、という言葉が後に続いた。近所の公園の錆びだらけになった遊具に興奮する子供に対するような口調だった。
隊長と護衛の男が受付の順番待ちをしているあいだアリサは離れた目立たないところに佇んでいた。彼女はその大きな建物、――それこそトフィーが棲んでいたウルトラ・マーケットよりもさらに巨大な構築物の外壁に寄りかかって腕を組んでいた。スヴェトナも隣で立ち尽くしている。
トフィーは走り寄って訊ねた。――そんなところで何をしてるの。
くず鉄拾いの少女は組んでいた腕を解いて右耳の後ろを爪でかいた。
ここは私なんかがお呼びの場所じゃないよ。
スカベンジャーは入っちゃいけないってこと?
いけないってことはない。褒められた振る舞いではないってだけ。
それだけ? ――ならいいじゃない。
トフィーにとってはそれだけのことでも私にすれば大問題なんだ。
トフィーはあごに小指を当てて考えてから云った。――じゃあその紅い服を脱いじゃえばいいじゃない。散弾槍も置いてきたら? そしたら誰もアリサのことがスカベンジャーだなんて分からないでしょ?
それは御法度だよ。たとえ暑さで死にそうな時でも往来でこの外套を脱ぐわけにはいかない。
誰か知り合いが見てるの? 再生機で探られるのが心配?
そんなことはないけど……。
わたしからのお願い。いっしょに探検しましょう。
アリサは耳の後ろを爪でかき続けていた。そこを探れば世界の真理を掘り当てられるのではないかと確信しているのかもしれない。彼女が云いよどんでいるとスヴェトナが助け舟を出してくれた。
いいんじゃないか。そいつの云うとおり知人に出くわすなんてことはないだろ。銃をいきなりぶっ放してくる手合いもいない。荷物は私が預かっておくから二人で楽しんできたらどうだ。
でも……。
スヴェトナはアリサの肩をつかんで回れ右させると有無を云わさずスカベンジャーの象徴である深紅の外套を脱がせにかかった。アリサは抵抗したが単純な力勝負なら従者の少女のほうが格上だった。
アリサ、――お前は自分がやるべきだと信じていることに囚われすぎてる。格闘に勝利して肩で息をしながらスヴェトナは云い放った。今日くらいは年相応のお前に還れ。それにいい加減この服は洗濯したかったんだ。久々にな。
…………もしかして臭ってた?
云いづらいが。少しな。
アリサの空色の瞳に雨雲が立ち込めた。無言で濁った視線をこちらに向けてきた。
トフィーは微笑んで云った。
スヴェトナに賛成。手遅れにならないうちに洗ったほうがいいわ。泥遊びした後の豚さんみたいだから。
アリサがその場に崩れ落ちるとスヴェトナは溜め息をついた。
……なんでお前はいつもひと言多いんだ。
□
手を繋いで建物の中に入りながらトフィーは改めて訊ねた。
それで、――ここは元々なんて場所だったの? なんでこんなに広くて大きいのに一階建てなのかしら。
ここは住んだり遊んだりするところじゃないよ。戦前の企業が使ってた物流倉庫。昔はあの天井ちかくまで棚があってそこに荷物を積み上げてたんだ。
どうやってあんな高いところまで?
専用の機械がある。
すごいわ。
トフィーは目をしばたたかせた。アリサが述べる戦前に使われていた棚らしきものはすべて傾いて壁面にもたれかかり劣化のためにひしゃげていた。まるで巨人がドミノ倒しで遊んだかのような光景だった。
天井の高さに見とれていたトフィーは商人の一人とぶつかりそうになり慌てて謝った。振り向きざま彼はトフィーの顔と身体を見つめたあとアリサに視線を移して立ち去った。背嚢をパンパンに膨らませており取引は順調のようだった。
他にも隊長さんと似たような格好をした商売人たちが施設の中をあちこちと行き来していた。木箱やコンテナを積み込んだトレーラーが大口を開けた貨物用シャッターを通り抜けてきた。取引に余念がない人びとはエンジン音に負けない大声で互いの要求を押し通そうとしていた。
アリサはトフィーと繋いでいない方の手を下腹に当てていた。視線はせわしなく左右を行き来していた。
お腹が痛いの?
落ち着かないだけ。
散弾槍がないから?
それ以上に外套だよ。あれなしに表を出歩くのは何年ぶりだろう。
紅い外套のない彼女は痩せた身体の線が顕わになっていて豊かな金髪がいつも以上に際立って見えた。頬に赤みが差していた。歩幅もいつもより小さかった。トフィーは思った。アリサにとってはあの真紅の鎧こそ彼女が唯一身に着けている衣服なのかもしれない。他の上着やらアーマーリグやらの布や装備は彼女の中では服飾品の定義に当てはまらないのかもしれない。
気を取り直してトフィーは話を続ける。アリサは何を買うの?
包帯と消毒液は補充しておきたいな。スヴェトナの足の傷が心配だ。あと缶詰。トフィーは?
少し考えてから少女は答えた。お菓子がほしいな。わたしの名前のもとになったやつ。
そんなのここにあるかな……。
隊長さんなら知ってるんじゃない?
訊いてくる。
じゃあそのあいだ見てまわってもいい?
だめ。迷子になる。
いざというときはこれがあるわ。
トフィーは紺碧の魔鉱石がはめこまれたペンダントを持ち上げてみせた。
余計にだめ。アリサは首を振った。衆人環視の中で映像を見せて回るつもり?
いけないの?
嫌がる人がいるからだよ。再生機は善き行いよりも悪用されることのほうがずっと多かったから。
迷惑な話ね。
さ、行こう。
二人が戻ろうと振り返ったとき四人の男が行く手を遮った。全員が拳銃を腰のホルスターに収めていた。銃把に指を伸ばしてはいなかったが漫然と腕組みをしているわけでもない。二人を半包囲するように並び立ちアリサの指先に絶えず視線を注いで離さなかった。スカベンジャーの少女に促されてトフィーは彼女の背中に隠れた。
すまないが。四人の中で年長の男が口を開いた。そのまま出て行ってくれないか。言付けしてもらえれば必要なものはこちらで用立てる。ただし支払いも受け渡しも外で頼みたい。
その男は白髪混じりで顔の右半分だけが異様に日焼けしていた。皺も右側だけがより深く刻まれていて古木と若木の丸太の年輪を並べたような趣があった。顔が左右で別々に年をとってるんじゃないかとトフィーは思った。
アリサは足を踏みかえた。
どうして……。
男は答えなかった。いつの間にかフロアの一帯は静まりかえり商人たちの目が二人に注がれていた。沈黙を打ち破るように鋭い鳴き声が加わった。禿鷲が一羽、――施設の天井の梁に留まってこちらを見下ろしていた。まるで善き本に描かれている物見の塔の観察者のように。問いに答えは必要なかった。一羽の猛禽の姿で事足りた。
強張っていたアリサの身体から力が抜けるのを感じた。彼女は何も盗んでいないと示すかのように両手を広げてみせた。そして落ち着いた声で云った。…………わかった。何もしないよ。騒ぎを起こすつもりはなかったんだ。
代わりと云ってはなんだが。年長の男はうなずいて云った。お連れの子には私が同行することもできる。仕入れを済ませるまで安全を保障する。誰にも危害は加えさせん。約束しよう。――これでどうかね?
信用していいのかな。
私にも娘がいる。その子と同じくらいの年のね。
トフィー、――どうしたい?
アリサは男たちから視線をそらさず前を向いたままそう云った。
トフィーは首を振った。あなたと一緒じゃないと意味ないわ。
でもせっかくの機会なんだ。外で待ってるよ。私は平気だから。いつものことだ。
アリサ……。
スカベンジャーの少女はトフィーの背中に手のひらで触れた。押すというよりも撫でさするような力加減だった。
おつかい、頼んだよ。
□
アリサは外に出て施設の周りを歩き回った。スヴェトナの姿はなかった。水場を借りて服を洗っているのかもしれない。あてもなく駐車場を歩いた。広い施設だった。敷地内でマラソン大会を開けそうだった。
駐車場の端にバス停があり錆びついた屋根が陽射しを遮る役目をかろうじて果たし続けていた。回り込むと先客がいた。ホプキンスだった。彼は一瞬だけ顔を上げてアリサの姿を認めると会釈した。アリサもうなずきを返してベンチの反対側に腰かけた。腰を落ち着けたとき首に痺れたような痛みが走った。
手袋を外して首をさすっているとホプキンスが声をかけてきた。
乾燥で喉をやられたのかい?
少し前に怪我をしたんです。アリサは答えた。銃床で思いきりここを殴られて。トフィーが、……あの子が助けてくれなかったら今ごろは連中に喰われて風になっていたところでした。
連中?
アリサは指を立てて上空をさした。
ホプキンスは眩しげに眼を細めて再びうなずいた。
……難儀だね。スカベンジャーさんは。
もう慣れました。いろいろと。
どこに行っても同じなのかね。
アリサは首を振った。もちろんいきなり撃ってくる手合いもいます。初弾で仕留めれば再生機も散弾槍も手に入る。つまりは欲望が動機です。あるいは恐怖から。あるいは憎しみから。今までいろんな理由で銃口を向けられてきました。
アリサは膝の上に組み合わせた自分の指を見ながら話した。――どうすれば好かったのか分かりません。ホプキンスさんは前のラジオでたとえこれから起こる出来事すべてを予知できたとしても最善の行動をとれるとは限らないと仰いました。それでも私はやっぱり戻ってやり直したいと思うことがたくさんあるんです。奪わなくてもいい命をたくさん刈りとってしまったんじゃないかって……。
話しているあいだホプキンスはじっとこちらを見ていた。頬に視線を感じた。彼は立ち上がると陽光に熱せられた道路に出てオーデルの荒野を眺め渡した。彼は云った。――私は戦時中ここで働いていた。一時期だが。番組で話したことはあったかな。
いえ。アリサは顔を上げた。初耳です。
すごい場所だった。国中からも外国からも運ぶべきモノが運ばれてきて処理すべきモノを処理していた。何百人というスタッフがいてね。戦時中ということもあって休む間もなかった。あんなに働いたのは後にも先にもあれきりだ。
アリサは黙って話に耳を澄ませていた。
何が我々を衝き動かしていたのだろう。かならず勝利するという信念か。国家と郷土への愛か。今となっては溶けた雪のように大地に沁み込んで手がかりさえ頭の中に残っていない。共に働いていた同僚や部下で今も生き残っている者が何人いるのかさえ分からない。――なのに私はまだ生きている。
ホプキンスは云う。結局のところ何かを喪ってなお強くなれないのなら、――あるいはなくて淋しいと思っているものや欲しくてたまらないのに手に入らないものがあってもなお強くなれないのなら、――我々は本当に強くなったとは云えないのではないかね。それ以外に我々人間を強くするものがあるかね?
□
ホプキンスと共に駐車場を横切って施設に戻る道中でトフィーがこちらに駆けてくるのが見えた。先ほどアリサに退去を迫った年長の男を従えていた。彼は両手で荷物を抱えこんでおり少女に必死に追いつこうと息を荒げていた。
――アリサ、ちゃんと買ってきたわ。
ありがとう。
この人がすごく好くしてくれたの。
アリサは地面に座りこんで息を整えている年長の男を見やった。
そうみたいだね。
男は顔を上げた。――先ほどは悪かったね。他の連中も見ていた。君を留め置くわけにはいかなかった。
いいんです。アリサは手を差し伸べて彼を助け起こした。こちらこそ弁えずに潜りこむような真似をしてごめんなさい。
その子の好きなお菓子をサービスで入れておいた。ささやかなお詫びだ。大事に食べてくれ。
いいんですか。高級品では。
子供の笑顔は何物にも代えがたい。
男は笑って云った。それから視線をホプキンスに向けたところで凍りついた。唇が微かに開いて何かを云おうとしたが言葉は出なかった。アリサはホプキンスを見た。黙って男を見つめ返していた。無表情だった。
仕事を残しているからこれで失礼するよ、と告げて年長の男は荷物を預けると小走りで去っていった。先に戻ると云い残してホプキンスもその後を追いかけていった。アリサとトフィーだけがその場に残された。
――それでねアリサ。
どうした。
これ見て。
トフィーは紺碧の魔鉱石がはめ込まれたペンダントをかざし術式を唱えて映像を投影してみせた。先ほどトフィーが探検してきた施設の内部の様子だった。食糧や水、日用品を買い込む以外にもトフィーは目についたトラックの荷台すべてをチェックしてはオーナーである商売人にあれこれと質問をしていた。中には売られている宝石の真贋について論争する場面もあり同行している男に止められていた。
アリサが横目で睨むと少女は肩をすくめた。
――だって黙ってられなかったんだもん。宝石屋の娘として。
わざわざ撮ってきてくれたんだ。
ええ。アリサにせめてものお裾分け。ほんとは一緒に見て回りたかったな。
誰もいない廃ビルの中ならいくらでも付き合えるんだけどね。
それからアリサはふと思い出して訊ねた。そういえば戦前、――いや戦時中の映像も出せるのかな。
いつもの好奇心?
気になることがあって。
分かったわ。
トフィーは再度術式を唱えた。アリサは耳を澄ませて聞き取ろうとしたが普段からスカベンジャーたちが使っている言葉とは文法も語尾の変化も違っていた。発音も奇妙に変形して聞こえた。どこかの時点で進化の枝道を分かたれてしまった二種の生物を見比べているような既視感。
数十年の時を経て当時の景色が十分の一くらいにスケーリングされて映し出されたときアリサは周囲を見渡して自分たち以外にこれを見ている人間がいないことをまず確認した。それから視線を戻した。まず目についたのは施設の前で整列している人びと全員の髪の毛が剃られていることだった。灰と青のストライプ模様のシャツとズボン。靴らしきものを履いているが継ぎ接ぎだらけ。破れて足の指が飛び出している者も少なくない。彼らは腕をだらんと下げてぼうっと施設の巨大な壁面を眺めていた。そこに神の啓示が今にも描かれるのではないかと期待しているように。合わせて八百人はいた。彼ら全員が沈黙したまま何かが起こるのを待っていた。
アリサは呟いた。どれくらいのあいだ並ばされていたんだろう。
分からないわ。トフィーは首を振って映像を巻き戻した。これだとたぶん、――二時間かそれ以上。
あんなに震えてる。季節は?
冬の終わりごろよ。
まだ夜明け前なのに。
あ、見て。
トフィーは映像の一点を指さした。軍服を着た兵士らしき一団がトラックに乗ってやってきた。その後ろに乗用車が一台。ぴかぴかに磨かれた黒塗りの車体は再生された映像のぼやけた画質でも鮮明で今にもこちらの世界に飛び出してきそうなほど周囲の景色から浮き上がって見えた。整列した人びとの前で車は停止し中から出てきたのは士官の帽子を被った痩せた男だった。胸に勲章が飾られていたがアリサの記憶ではその意匠は軍功を称えて授けられるものではないはずだった。
アリサは黙って映像を見つめていた。何も云いたくなかった。トフィーが代わりに口を開いた。
ねえこの偉そうな人。
うん。
ホプキンス先生よ。
そうだね。
軍人だったのかしら。
分からない、とアリサは首を振った。
映像では点呼が始まっていた。名簿を持った兵士が開始を告げると整列した人びとは自分の番号を順番に叫んでいった。声が小さいと始めからやり直しだった。中ほどまで進んだところで点呼は止まった。怠けていたわけではない。喉が枯れていた。彼は必死に声を出そうと大口を開けていたが無理だった。歯が一本もなかった。まるで樹液を搾り取られた枯れ木のように何も湧いてこない。
ホプキンスが右手を肩の高さまで挙げて合図をすると二人の兵士が整列した人びとの間を分け入って点呼を中断させた男を引きずりだした。そして車止めに使われていた金属製のポールに男の手を縛りつけて背中を向かせた。ひと際体格の優れた兵士が手に持っていた棒を振りかぶって腰のあたりを叩いた。音はあまり聞き取れなかったが前列に並ぶ人びとの肩がびくっと跳ねた。棒打ちは何度も繰り返された。点呼と同じく罰を受ける者は自分で自分の打たれる回数を叫ぶ必要があり出来なければ最初からやり直しだった。彼は声が出なかった。ホプキンスは後ろに手を組んだまま無表情でその光景を見ていた。彼が手を挙げて執行を止めたときには打たれた男はポールにもたれかかってぴくりとも動かなかった。
風に吹かれたカエデの枯れ葉が一枚、駐車場を横切っていった。
それからも点呼は何度かのやり直しを経ながら続いていった。何人かが杖で打たれた。途中で番号の歯抜けがあった。名簿を持っている兵士が合図して点呼を止めなかった場合はその空席は空席のままでよいということだった。その時は違った。兵士の号令で点呼は止まった。その番号にはバツ印がついていないにもかかわらず該当する人間がいない。ホプキンスはうなずいた。空白の前後の番号の者二名が前に引きずり出され皆の前で銃殺された。棒で打たれた者の上に積み上げるようにその死体は棄てられた。ホプキンスは遺体に一瞥をくれたあと副官らしき傍らの士官を叱責した。二度と同じ失敗は許さんと。副官の敬礼。二、三の追加の指示。それから彼は車に乗り込んで去っていった。
点呼はまた始めからやり直された。
□
――トフィー。ごめん。消して。――もういい。
アリサが手を振って促すと少女は映像の出力を止めた。それから両手で自分の白銀の髪をつかんでくしゃくしゃにした。銀色の瞳を震わせて上着の裾をつかんできた。彼女は云った。ごめんなさい。ごめんなさい。アリサの役に立ちたかっただけなの。
アリサは手袋を外して彼女の髪をなでた。
謝りたいのは私のほう。厭なものを見せてしまった。
よく分からなかったわ。あれは一体どういうことなのかしら。
アリサは答えずに地面に置いていた荷物を拾い上げた。重ねて何かを訊ねようとするトフィーに対して人差し指を立てた。
…………誰にも云わないで。――少なくとも今は。
分かったわ。アリサの云うとおりにする。
ありがとう。




